成果のないコーチング実践に転職を考え始めた地方公務員の吉田さん ~コーチとの成果の確認のあり方~

地方公務員の吉田さんは、このところ、ずっと元気がありません。役所にいくのも億劫になってきました。もともと何でもやってやろう、すぐにやろうというエネルギッシュなタイプなので、表面上は明るく振舞っています。ですから、ふさぎこみがちとまではいかないものの、同僚や部下に呼ばれてもすぐに返事が出来ないほど、どこか上の空だったり、部下が話しかけたこととはまったくトンチンカンな受け答えをしたりで、上司から「最近、吉田さん、変じゃないかとみんなが言っているぞ、いったいどうしたんだ」と叱責されるなど、職場内での信頼関係が疑わしくなるほどでした。
吉田さんは、地方公務員として住民サービスに徹するためには、今のようなだらだらとしたその日ぐらしのような仕事のやり方ではなく、みんながもっと前向きにやるようにならなければいけない、そのためにはみんなの思いがそれぞれに伝わるようにするコミュニケーションが大事だと考え三ヶ月前からコーチングを受けており、コーチングを実践してきました。
上司との間のコミュニケーションをよくし、保守的な職場風土に変化を起こし、若い部下たち
が「どうせ俺達もあんな感じで定年を迎えるんでしょ?一生懸命になるだけムダだよ・・」という気持ちを何とか変えさせたいと、全力投球でぶつかってきました。
ところが、三ヶ月の成果を確認する時間を持つことによって、三ヶ月前となにも変わっていないどころか、職場の状況がますます悪くなっていることに気づいてしまいました。
吉田さんは、今後、このまま地方公務員でいても良いかどうか、いくらやっても人が動かないこんな職場にいてもいいんだろうか。自分の力が発揮出来るところはほかにあるのではないか、そう思い始めていました。
吉田さんは、今日のコーチングのテーマは、「転職する」ということにしようと、コーチに電話をかけました。

「吉田さん、お待ちしていました。こんばんは」コーチはいつもと同じように明るく受け止めてくれています。いつも素敵に聞こえるコーチの声ですが、今夜は自分とコーチのテンションが違いすぎるので、吉田さんにとっては重荷にさえ感じられるようでした。
吉田さんは、唐突に、「あの、コーチ。今日は、テーマを転職するということにしたいんですが・・」と切り出しました。
コーチは、少し驚いたのか「あれ?吉田さん、今日のテーマは、転職するということなんですね?」と、繰り返す言葉に戸惑いを感じました。
「すいません、コーチ。この間のフィードバック(成果を確認しあう時間)で、自分がぜんぜん、進歩していないことを目の当たりにしてしまって、それ以後、職場に行くのがイヤでイヤでたまらなくなってしまったんです。だから、今日は、転職について可能性を考えてみたいと思いました」
「わかりました。これからの三十分は吉田さんのためにあるのですから、吉田さんがお考えの転職をテーマにコーチングをすることにしましょう」
コーチのやさしい言葉に促されて吉田さんは思いのたけをぶちまけるように話を続けていきました。
一気に話す吉田さんの言葉を、コーチは、丁寧に聞き取っていってくれました。時に鸚鵡返しをしたり、時に要約したりしながら、吉田さんの話の聞き役に徹してくれたので、吉田さんは一五分の間、胸のうちの全てを明かすことが出来ました。
ひと段落したところで、お互い一息つく時間を持ちました。その沈黙を破ったのはコーチで、「吉田さん、吉田さんの職場の風土を見直したいという熱い思いを、これまではどんな風に上司に伝えていましたか?」
あまりに唐突だったため、吉田さんは、すぐには答えることが出来ません。
「・・・」。沈黙の時間は嫌いな吉田さん。すぐに答えようとしますが答えがまとまりません。
なぜ、答えがまとまらないのか?吉田さんは、自分を自分で責め始めています。
そんな吉田さんの心が伝わったのか?コーチは、「ゆっくり考えていいんですよ。待っています」と、やさしく伝えてくれました。
吉田さんは質問の意味を考えていますが、わからないのです。
なぜ、コーチはそんな質問をしたのか?
どういう目的でこの質問を受けたのか?
自分の答えを探しているというよりは、なぜという理由や、どうしてという目的を考えていました。
やがてコーチが、「吉田さん、今、吉田さんに考えていただきたいのは、なぜ?という理由や、どうしてそういう質問を受けているのか?ということではないんです。率直に、質問を受け止めていただければと思うんです。もう一度、質問を繰り返してもいいですか?」
「はい」
「吉田さんの職場の風土を見直したいという熱い思いを、これまではどんな風に上司に伝えていましたか?」
あらためて質問を受け取った吉田さんは、今度はあまりいろいろなことに惑わされずに、コーチに答えました。
「いいえ。どうせそういう考えを持つのは、自分だけだから・・。伝えたって無駄なことがわかっているのに、どうして伝えなければならないんでしょうか?言ったって、何も変えようとはしませんよ。あの人たちは。だから、私はあんな人達と一緒に仕事をするのがイヤになったんです。だから、転職したいんです!」と強い口調で話しました。
感情が高ぶったのでしょうか?吉田さんの言葉がきつくなったことを、自分でも感じるほどでした。
そんなやり取りでも、コーチは一向に感情的にならずに、普段どおり穏やかに言いました。
「吉田さん、あなたは、そんな人達と一緒に仕事をするのがイヤになったんですね。だから、転職したいと思われたんですね」
「はい。その通りです。あんな人達と仕事をするのはもうイヤなんです」
「そうですか、それでは、一つ質問していいですか。吉田さん、あなたは、職場の風土を変えたいのですか?それとも、相手(上司)を変えたいのですか?」。
どんよりとしていた冬空が、急に晴れたような気がした吉田さんの答えは明確でした。
「コーチ、過去と他人は変わらないんでした。僕は、相手を変えようとしていました。すっきりです。晴れ間が見えました」
改めて、吉田さんはスタートラインに戻ることが出来たようです。
フィードバックは、大切ですが、あまり、そもそもはと出発点を明確にしすぎたり、目標を意識しすぎたり、進捗状況にだけ視点をあてると、相手のやる気が失われることもあるようですね。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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