シティホテルのベテラン課長の部下とのコーチングでの悩み~コーチとのセッションによってコーチングを通した部下育成のあり方に気づく~

仕事は、レストラン部門のうち創作イタリアンを担当しているマネージャー歴十七年目を迎えたベテラン課長の事例です。部下は正社員、派遣社員を交えて三十二名の大所帯です。
いつも不調に終わる今年入社したばかりの部下とのコーチング。不調の理由は、部下が質問にまともに答えてくれないからと考えています。何を聴いても「課長はどう思われるんですか?」「課長と同じように仕事は出来ません」と、はねつけられてばかり。人間関係も上手くいかなくなり、朝の挨拶もしてくれなくなりました。
それでも、杉田さんは自分の立場として、彼を一日も早く戦力にしないといけないと考え、機会あるごとにコーチングを行っていました。
しかしながら、最近ではあまりに進展しないコーチングのセッションを終えるたびに空しさを感じるばかりストレスもたまってやりきれなくなってしまったので、自分のコーチにテーマとして扱って欲しいと訴えました。
「いつもどんなことをテーマにコーチングしているんですか?」と、コーチはさっそく現状を明らかにしたり、杉田さんが目標としていることが何であるかに絞って質問をしたりしながら進めました。

「テーマですか、そうですね、例えばお客様満足をどう高めたらよいと思いますか? とか、お客様の視点とはどんな視点を持つことだと思う? などです」。
「そういう質問をしたのは、どういうお気持ちからですか?」とコーチは質問を続けました。

「お客様のことを自分で考えてみることが大切だと思って質問をしているのです」
「それは〝今のあなた〟がお客様を大切だと感じられているので、そういう質問をしたのですね?」

「そうです。その通りです。お客様のことを考えるのが重要だと思っているのです」
「そうですよね。お客様のことを考えるのは大切なことですよね」

「そうなんです。それなのに新入社員の部下は、私の気持ちを少しも分かろうとしないのです」
「そうですか。それは困りましたね。ところで、新入社員のころ、あなたはそういう考えを持とうと努力していましたか?」

「新入社員の頃、お客様のことを考える余裕がありましたか?」
「新入社員のころあなたが受けた指導で、今も心に残っているものは何ですか?」と、すっかり忘れていた新入社員のころの気持ちを思い出す質問を、次々に与えてくれました。

杉田さんは、コーチングを学習するとき、過去を振り返る質問よりも、今より先の未来を考える質問のほうが機能するから、過去を振り返る質問はしないほうが良いと教わり、そのことを頑なに守り続けておりましたので、コーチの質問の目的がわからず、答えがすぐには出てきませんでした。

「コーチ、私はこの先どうやっていこうかと悩んでコーチに相談しているんです。私の過去のことよりも、もっと前向きな未来に向いた質問をしていただけないでしょうか」杉田さんはコーチの質問に対し、疑問をぶつけました。

するとコーチは、そんな杉田さんの気持ちが伝わったのか「あなたは、なぜコーチの私があなたに対して過去のことを質問しているのか腑に落ちないのですね。何を目的としてコーチの私があなたにこの質問をしたかを、明らかにしても良いでしょうか?」と切り出されました。

杉田さんは、ぜひ伺いたいと考え「お願いします」と答えました。

「杉田さんは、自分の意見や感情を表さない部下に、とても大きな苛立ちを感じているようですが、杉田さんが新入社員だったころを思い出すことによって、そのときにふさわしい学習方法や目標設定があることを思い出したほうが良いのではないかと思ったのです。ベテランの杉田さんと新入社員の部下では立場も経験も違うわけで、今の杉田さんの気持ちを押し付けるのは良くないと思ったのです。過去に疑問に思ったことも解決して通り過ぎてしまうと、それが当たり前のように今は思えるわけですが、杉田さんの若い頃感じられていた気持ちと同じような気持ちを新人の方はもっているわけです。
コーチングは、馬車に乗りたいと思った人を乗せて、その人がいきたいと思うところに運んであげることが大切であるということでしたね?
でも、今、杉田さんは馬車に無理やり乗せて杉田さんの思う方向に無理やり進めているのではないか?それにご自身が気づいておられるかどうかを伺いたかったのです」ということを話してくださいました。そうです、そうだったんです。杉田さんは、ついつい、自分のペースで、自分の行きたい方向へ無理やり馬車を進めていたのです。
だからこそ、部下に『課長と同じような仕事は出来ない』と、反発されてしまったのでしょう。
そのことにコーチの話を聞いて気づいたようでした。何ゆえに、そんなに気持ちにゆとりがないのか?
コーチは、杉田さんの急ぐ気持ちを整理するセッションを行いました。
杉田さんは、知らず知らずのうちに、新入社員に一人前の人手を求めてしまっていて、彼の不安な気持ちに気づかず、これから自分がどんなふうにキャリア形成したらよいのか考える機会を奪ってしまっていたようです。
日常業務に追われている、新人の教育はめんどうばかりが多くて仕事が増えたという想いだけが先走っていて、自分の本来の仕事に専念するために1日でも早く一人前の戦力としたいと思って、新入社員の部下のためではなく、杉田さん本人のために部下にコーチングしていたことに気づいた杉田さんは、あせらないで一歩一歩やっていこうと思いました。
新入社員の部下から朝の挨拶をするのが、ビジネスマナー、そんなことも体験で覚えさせないといけないと思って、自分からは挨拶をしていませんでしたが、翌日早速、今までにない穏やかな笑顔で「おはよう」と言いました。そうすると、今まで横を向いてろくに挨拶をしてくれなかった新入社員の部下が、杉田さんのほうを向いてにこやかに「おはようございます」と挨拶を返してくれたそうです。

「今日、1日をこのホテルで君はどんなことをしていきたいと思いますか」笑顔で話す杉田さんに、新入社員の部下は「今日は、1日、杉田さんのアシスタントで、お客様のもてなし方を学びたいと思います。私も早く一人前になりたいので、よろしくお願いいたします」

杉田さんはちょっとしたきっかけにて、新入社員の部下と一体となって働けることに気づきました。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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