専業主婦の悩み~社会復帰を目指すも心揺れる女性のキャリア・ビジョンの支援~

デザイン会社の社員として、男性と肩を並べてバリバリ仕事をこなしていた北村さん。
入社七年目、二十九歳のとき、自分の人生このまま仕事一筋でいいものかと迷っていたとき、会社から、女性なんだし、そろそろ結婚しないと子供を産めなくなるぞと上司に言われました。今ならセクハラで訴えただろうと思いますが、当時はそれもそうだなと思ってその言葉をきっかけに、手当たり次第にお見合いをし、自分にはない考えかたを持っていた男性の言葉に惹かれ、出会いから六ヵ月後には結納、知り合ってからわずか十ヶ月足らずで結婚式を挙げるというスピーディーさで、人生をチェンジし専業主婦になりました。

その後、三年して一人目の子供を授かり、更に三年後、二人目の子供を授かり、子育てに追われる毎日を、彼女なりに一生懸命過ごしてきたということでした。

ところが、二人目の子供が幼稚園に通うようになってから、専業主婦の毎日に疑問を抱き始めました。どうも自分の人生が自分の描いていたとおりになっていない、思っていたのとは違うとイライラするようになり、自分の悩みを理解してくれず家事を任せっぱなしの夫や子供に当り散らすようになってきたとのこと。あれだけ好きだった家事も最近ではおざなりになってしまい、このままでは、子供にも、夫にも愛想をつかされるのではないかという恐れを感じながらも、自分の思い通りにならないことが起こるたびに、私の人生を変えた上司の言葉や、結婚して生活を一緒にするようになったら、何のことはない、自分のことも自分で出来ない子供のような夫に不満が募るばかりだということです。

幼稚園や小学校のPTAで知り合ったお母さんたちとは世間話しはするけど、悩んでいる話をするわけにはいかず、自分の親に話しても、「ちょっと疲れているだけでしょ?」とか、「あなたがしっかりしないで子供たちはどうなるの?」「欲張りすぎないで、専業主婦でいいじゃない?」とたしなめられてしまい、話さなきゃよかったと後悔するばかり。一向に気持ちが前向きにならず、自分自身にも嫌いになる一方になっていたということです。

ある日、PTAの母親教室で、「コーチングというコミュニケーションスキルを身につけて、子供のやる気を引き出せるお母さんになりましょう」という講座のパンフレットを見て、私のところに訪ねてくれました。

「母親教室をお受けくださったそうですね。ありがとうございます。いかがでしたか?北村さんが実践出来そうなヒントはありましたか?」

私の質問に、北村さんは誠実に、「はい、とても参考になりました。私は、何事もきちんとしていないと気がすまないので、ついつい、『ああしなさい』、『こうしなさい』と子供たちに命令してばかりだったことに気付きました。だから、あれ以来、『ああしてほしいけどどうしたら出来る?』と、質問するようになりました。でも、自分がイライラしているときはどうしても・・・」

「今までどおりのかかわり方になってしまっている?」
「はい、いけないと思うのですが・・」

「ご自分を責めてしまうことはありませんよ。誰だって、今までのやり方になれているので、学んですぐ、新たな行動習慣で動けるわけではありません」
「そうですね。わかっているつもりなんですが、自分が思うとおりに自分もコントロール出来ないなんて、情けないですよねぇ」

「情けないとお考えなんですね」
「はい。なんだかわからないんですが、とにかくイライラして。自分の人生は自分で決めてきたつもりです。でも、こんなはずじゃない、もっと私は生き生きと生きているはずだったのにと、後悔ばかりの毎日です。男性社員と同じように昇級して、バリバリ仕事していたときのことを考えると、自分だけ、みんなに置いてきぼりにされているような気がして、うちにいても怖いんです。このまま、子育てだけに専念して、終わったと思ったら、その次は親の介護かもしれない。夫も私も歳をとってから結婚をしたものですから、両親はともに高齢で。なんだか、人の面倒見るためだけに生きているように思えて・・・」

「そうですね。女性にとって子育てと介護の問題は一大事業ですよね。どうしても子育てと、介護の問題は、女性が中心にならなくてはならないという風潮もありますよね。ところで、北村さんはもう一度、バリバリ仕事をしたいのですか?」
「ええ、そう思うんですが、過去にやっていたイメージやデザインの世界は、変化が激しいし、子育てに専念して、読む雑誌も子育てに関するものが中心なんていう生活では、もう、イメージの世界には戻れないような気がして。でも、私はそれ以外の仕事をしたことがないから、仕事を始めようと思っても、他のことは出来そうにないんです」

「今、いちばん関心が高いことは何ですか?」
「仕事をすることですかねぇ・・」

「どんな仕事?」
「それがわからないんです・・」

「仕事がしたい。子育てや家庭の仕事は、仕事としてとらえられませんか?」
「家庭の仕事を仕事としてとらえる?主婦の仕事なんて、たかが知れているじゃありません?掃除、洗濯、食事作り、子供の世話に夫の世話。舅や姑が訪ねてくれば愛想よくもてなさなくちゃならず、一生懸命やっても、だれもありがとうといってくれないんですよ」

「ありがとうという言葉が誰からもかからないのは、残念ですねぇ。北村さんは『ありがとう』の言葉が聞きたくて、一生懸命にやっているんですか」
「そんな。私は、『ありがとう』って言ってもらいたいからやっているわけではありません。でも・・・少しは、そんな気持ちを表してくれてもいいんじゃないかとも思います」

北村さんは、急に涙ぐみ、「あ~あ、どうして結婚なんてしちゃったんだろうなぁ・・。魔が差したとしか思えない」
というと、少しの間涙が止まらず、セッションを中断しました。

「友達でもない人に、泣き顔を見せたの、初めてかもしれない。恥ずかしいね!」と、彼女が明るく振舞うようになったとき、今後、コーチングを継続するかを確認しました。
「北村さん、私はこれからも支援を続けたいと思いますが、あなたにコーチは必要ですか?」

私のストレートな質問に、北村さんはすっきり笑顔で「初対面の人なのに、一〇年来の友達に相談に乗ってもらったみたい。すっごく深いところまで話を聞いてもらったって感じかな? どうしてコーチに話すとすっきるするのかそれだけでも知りたいので、とりあえず三ヶ月、お世話になります」とのことでした。

コーチは、コミュニケーションのスキルを高める訓練をすることによって、だれでもなれると思います。しかし、スキルだけ高まればよいのかというと、実はそうではありません。職業としてコーチングをするものの、自分とクライアントとの関係をどうしたいのか、しっかりした考えがあること。信頼関係が早く確立出来ること。それも重要な要素であることを再確認したセッションでした。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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