市長選挙に立候補~最終目標を達成するために確実な方法を考える~

二宮さんは、近い将来、市長選挙に出馬を目指している四十歳。
しかし、地方の市の選挙出馬には、しがらみや決め事がたくさんあり、支援団体のご長老方の意見を聞いていると、このままでは出馬断念に追い込まれてしまいそうと、コーチングを受けることにしたそうです。

「はじめまして」
「はじめまして、よろしくお願いします。さっき、契約書に同意してサインしました」

「ありがとうございます。さっそくサインしてくださったんですね、市長選挙への出馬が目標であるとのことですが、よろしいですか?」
「はい。まずは、選挙に出て顔を売り、私の主義主張というか私の考えを市のみんなにわかってもらうことです。そして出来れば当選、市長になって三期で市政を改革したいと思っています。ただし、市政を改革するというのは、みんなには内緒です。とくにご長老方には。そんなことを言うと、足をひっぱられますからね」

「ずいぶん、信用していないんですね。ご支援くださっているのではないのですか?」
「いや、支援はしてくれていますが、どうも・・・私利私欲のために思えてならないんです。
これからの市の運営は、能力のある市長がひっぱらないと、すぐに財政が破綻に追い込まれます。これといった産業もなく、優遇・保護されている農家が多い。そんな町でも、ここは人が終の棲家とするには、自然にあふれた住み心地のよいところなんです。介護保険を使う世帯も多くなるでしょう。でも、安心して住めるふるさとにしたいんです。
ただ、この市は、今の市長の息のかかった業者や、市長の協力者が町政をしきっており、ここで変えないと、ずっと一部の考えで市の政(まつりごと)が進んでいってしまうんです。それで良いと思いますか?」

二宮さんは、コーチに質問を投げかけるように一気に話し終えました。

「私に分かることは、あなたが生まれ育った市が大好きであること、あなたがその市に恩返ししたいと思う気持ちが強いこと、そして何より、市長になりたいのではなく、市政を改革すべくリーダーになりたいという熱い気持ちです。同時に、あなたは強く自分の中に答えを持っている。それを支援したいと思う気持ちが、私の中に生まれたということです」

二宮さんは意外そうな顔をして質問されました。

「コーチ、私は私の中に、本当に答えを持っているのでしょうか?」
「どうしてそうお思いになるの?」

「選挙というのは、思っていた以上に、人に頼みごとをしなければならない。それに、あっちに挨拶に行け、こっちに挨拶に行けと、人形かロボットのように動かされる。マニフェストの話をし始めると、そんな難しいことは分からないが、今までの市長のやり方ではこの町は発展しない。新しい若い人の力をそそがにゃいかんなぁ・・と、一見、好意的に受け入れてもらえるんです。でも、本音はそうじゃないらしい。選挙を通して自分の利権を大きくしようと思っているふしがあるんです。
自分の支持している○○党に入れとか、自分の懇意のどこそこの社長に挨拶をして、社員に協力してもらえとか。そのためにはその人に受けのいい事をしゃべれとか 言われるんです。
しがらみのない選挙、草の根選挙を目指したいという自分の思いが、どんどん薄められていってしまう。いったい、自分は何のために選挙に出ようとしているのか、このごろでは、自信が持てないんです。それでも、私は戦うべきなのか・・・」

二宮さんは、最後は辛そうに語ってくれました。

「支援団体の人がいてそれでいて、しがらみのない選挙って、出来るんでしょうか?二宮さんは、どうお考えなんでしょうか?」
「うん・・・出来ないかもしれないって。選挙って、結局誰かの手を借りなければ出来ないものですから。でも、あんまり人の言うとおりに動かされたくない気持ちが強い。特定の政党員としてではなく、若い人たちと一緒に、この町の将来を考えていきたいんです。そのためには、1回や二回、落選することも覚悟の上です」

「落選も覚悟の上というのは、立派な心がけだと私は思いますし、支持します。ただ、そういうあなたの頑なな態度を、年配者はどう見るのでしょうか?」
「・・・・生意気かな?」

「あはははは、笑ってごめんなさい。生意気ですか?中学生みたいに思われているのを感じているのかしら?」
「まぁ、そんなところでしょう。田舎なので、親父の代の人間関係とか引き合いに出されて、お前の親父の非情さを知っているから、お前を応援しないとあとで何をされるか分からない、だからお前を応援すると面と向かって言われたり。俺はお前が赤ん坊の頃から知っている。おまえみたいな甘ちゃんに、どんな考えがあるのか、えらそうなことを言っても、どうせ、たいしたことないだろう。くだらない理屈をあれこれ言わずに、市長になりたいのなら俺の言うとおりにしろ・・って言われたり。四十になった一人の男として扱われたことがないんです。ひよっこひよっこって、二の口つけばそれが出てくる。それでも、僕を信じてくれる同級生の仲間を頼りに、がんばろうと思うんですが・・」

「茶化すわけではないのですが、まずは出馬。その後は当選、その後三期で市政を改革する、という意気込みは、どこかに飛んで行っちゃいそうですね。まずは、出馬。そのために、今活動している中で、一番、あなたが気に入らずにいやいややっていることは何ですか?」

この質問から、ようやくコーチングらしいセッションを開始しました。

志を高く持ち、自分の価値観を犠牲にしてまで、この活動に身を投じようとした二宮さん。でも、やはり、自分のポリシーや価値観を捨てられるかどうか、その後のセッションはこれを中心に進めました。

「市長になるために、自分の考えをいったんふせるころが出来ますか」
「あなたは、何のために市長になりたいんですか」

「あなたにとって支援者ってどういう存在ですか」
「市長になって具体的に何をしていくつもりですか」

「それをするとどうなりますか」
私の質問に、ときには深く考えながら、ときにはため息をつきながら、決して投げ出さずに自分で考えて答えを出していただきました。

「コーチ、私の中に答えがある というのはこういうことだったんですね。最初は、相談にのってくれずこっちにボールを投げてきて、頼りない人だと感じましたが、そうではないんですね。コーチングってすごいですね。これからもよろしくお願いします」

手段として、まず、出馬し、目標達成のために当選を目指す活動を受け入れる。
選挙までの時間は、八ヶ月しかありませんでした。選挙活動と平行して、コーチングも行った結果、現在、自分のポリシーや価値観を捨てずにみんなの理解を得て、新しいふるさとづくりのために、忙しく身を動かしています。
一念岩をも通す。支援するコーチも、時に心配なる位の芯の強さを失うことなく、コーチングを活かして、見事市長に当選。現在、新たな目標達成に向け、東奔西走しています。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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