コーチング事例集:コーチ養成講座で実践的なコーチング技能と資格取得を。セミナー、研修、コーチングであなたの課題を解決

コーチング事例集

新任センター長と古参社員との戦い(その2)~新任管理者、職場改善を目指す~


流通センターに就任した新任センター長の浜田さんは今年五十二歳になる社内経験豊富な部長です。

前回は浜田さんの現状を訴えたいという思いを、和田コーチが傾聴することに終始したコーチングでした。
「浜田さん、1週間たちましたが、古参社員とどんな関係作りを望むのか?考えてすごされましたか?」という和田コーチの少し厳しい表情から二回目のコーチングが開始されました。

「いやぁ、よく分かりません。感じることはやはり同じですね。毎日毎日、社員の勤務振りに対して・・というか、態度が気になって気になってしようがないですねぇ。相変わらず、ルーズに休憩時間を延ばしているし、夕方の掃除も、どうもやっているのは、比較的年数の短い人がいやいややっているようにしか思えません。私のモチベーションまで引き摺り下ろされそうで、もう、相手にしないで事務所からなるべく出ないようにと心がける以外、手はないのかなぁ・・と考えています」
「浜田さんは、このままでは、自分のモチベーションも下がる、だからどうしたらいいかということも考えられたわけですね?」

「まぁ、そうですね。自分のことはまず守らなければと思います。本社の人の目は届かないわけですから、実態を知らない本社の人に、自分まで、あいつらと一緒だと思われたくはないですからね」
「あいつら」という言葉をはっきり口に出した時に、浜田さんの表情が少し緩んだのを和田コーチは見逃しませんでした。和田コーチは、厳しい表情を崩さないまま浜田さんに質問を重ねました。

「浜田さん、あなたにとって、部下ってどんな存在なんですか?」
「はぁ?・・・・・・・・・・・(沈黙)」

お互い、その状況に耐えられなくなるほど沈黙している時間が経過しました。

「浜田さん、あなたがお答えになるのを待っていたのですが、お答えがでませんか」
和田コーチは話し始めました。
「浜田さん、部下の方を『あいつら』と言われたのですがそのことに気づかれましたか?わたしには、『あいつら』という表現の中には、『仲間』とか、『チームメイト』というような暖かなものが感じられませんでしたが、浜田さんは、どんなお気持ちで『あいつら』とおっしゃったのでしょうか?」

心の中を見透かされ、懐を一気にえぐられたような気がした浜田さんは、また、表情を固くして下を向いてしまいました。

「あの・・和田さん、今、そのことについては話したくありません」そう伝えるのが精一杯でした。
浜田さんの答えに、和田コーチは始めてにっこり微笑みました。

「いいですよ。答えたくないという答えがあることに気づいていただけたことが私は嬉しいです。ものの見方って、いくつかあると思います。まっすぐに表からだけ見るのではなくて、裏側からも見ていいんですよね。必ずしも質問には答えなければならないということではありません。『No』という答えも、また、答えですよね」と、穏やかな表情で、冷静に話す和田コーチに、浜田さんの心が包まれているような感じを抱いたようです。重ねて、和田コーチの質問が続きます。
「浜田さん、無理やりに考えてもらう必要はないのですが、古参社員の方のこれは素晴らしいと認められる仕事ぶりは何かありますか?」

「そうですねぇ・・経験年数があるから、出荷間違いは、まず、ありませんね。その点はしっかりしています。安心して任せられます。むしろ、営業が間違って出荷価格を入力していることが、一目で指摘出来るぐらいのスキルの高さはもっているんです。この間も、営業サイドで単価の入力間違いがあって、これまでより高い値段で出荷しそうになって、危うくクレームになるところだったんですが、それを見つけて未然に防いでくれたんです。そういうときは、饅頭を差し入れたりして、ご機嫌を取ったりするんです。まぁ、それなりに饅頭の効果はあるようですが・・」
「なるほど。浜田さんは、気も遣い、お金も遣ってご機嫌をとっているわけですね。饅頭を買っているときの浜田さんの気持ちは、どんなものですか?」

「いやぁ、正直、お金の無駄遣いだなぁと思うこともあるし、こんなご機嫌とらなくちゃならない部署は、早く異動させてほしいとさえ思うことがあります。本来は、お客様の笑顔を創造出来る、いい職場だと思っていたのに・・・」

古参社員のことを話すにつれて、どんどん、落ち込んだ表情になる浜田さんに、和田コーチは言いました。

「浜田さん、もし浜田さんが、チームメイト(仲間)として受け入れられず、敵対視されながら職場に迎えられたとしたら、頑張って仕事をしよう、この仕事はお客様のために働き甲斐があると感じることが出来るでしょうか?一生懸命に仕事をしようと思えるでしょうか?」

ようやく和田コーチは、質問の核心に触れました。

「う~ん・・・(沈黙)」
しばらく黙って考えていた浜田さんは、「そうですね。難しい問題ですね」そう言って、また黙りこんでしまいました。
「・・・・・・(沈黙)」

黙り込んだ浜田さんをみて、今度はさほどの時間を空けずに、和田コーチは浜田さんに言いました。

「そうですね。難しい問題ですよね。それでは、次回までに、この質問の答えを探してきていただいてもいいですか?」
救われたように顔を上げた浜田さんは、和田コーチにアイコンタクトをして大きくうなずきました。
「和田さん、今日のこのコーチングの時間は私が次回までに答えを探すのに効果的であったのでしょうか?私は、あなたの求めるとおりの答えを出せていない気がするのですが・・・それでいいんでしょうか」

和田コーチは、同じように深くうなずき、ゆっくり息を吐いて穏やかな口調で言いました。

「コーチングは、コーチである私が求める答えを探すものではありません。私は答えを求めていません。コーチの私のためにコーチングをしているわけではありません。
浜田さんが自分自身でどうしたいのかを考える事が大事なんです。ゆっくり時間をかけて、自分を大切にして考えてみてください。」
このようなやり取りにて二回目のコーチンの時間が終わりました。


竹内 和美竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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新任センター長と古参社員との戦い(その1)~新任管理者、職場改善を目指す~


流通センターに就任した新任センター長の浜田さんは今年五十二歳になるやり手部長です。
流通センターの仕事は、商品をお客様に届ける最前線の仕事。荷物を今か今かと持ち構えていてお届けしたときのお客様のほっとした顔や、思いがけないギフトを受け取ったときのお客様の喜ぶ笑顔などを思い描くだけでワクワクするというホスピタリティにあふれた浜田さんとしては、これぞまさしく天職とばかりに、異動辞令を受け取りました。それはわずか半年ばかり前の出来事です。しかし、センター長として着任してみては一週間、二週間と時間を重ねるごとに元気ややる気が失せていくのが自分でも感じました。それは上司の眼からも目に見えてわかるほどになっています。

「浜田部長、最近元気がないようだがどうかしたのか。私が相談にのってもいいのだが、いろいろなことを支援してくれるコーチ制度を会社として設けたのだ。私に相談するより気楽に出来ると思うので、コーチングを受けてみたらどうか」

社内に新しく設けられたコーチングルームに足を運んだらどうかという、担当役員からの勧めもあり、コーチングを受けた経験などなく半信半疑ながらコーチングを受けてみようと思って、会社が外部から雇い入れた専門のコーチに会ってみることにしました。
「浜田さんですね、始めまして、私、コーチを専門職としています和田と申します。よろしくお願いします」

「あ、はい。和田・・・なんてお呼びすればいいんでしょうか?」
浜田さんは、コーチングのことが良くわかりませんので、コーチのことをどんな風に呼んだらよいかがわからず、口ごもってしまいました。
「浜田さん、そうですね、どんな風に呼ばれてもかまいませんよ。浜田さんの呼びやすいもので結構ですよ」

和田コーチにそう言われても、浜田さんから次の言葉がでてきません。

「そうですね、『和田さん』と呼んでいただきましょうか。呼びづらいですか?」と、和田コーチは、ソフトにたずねました。
「いいえ、大丈夫です。『和田さん』と呼ばせていただきます。それでは和田さん、始めまして浜田です。よろしくお願いします」一旦、不安が消えると、浜田さんは部長としての威厳を持って礼儀正しく挨拶をしました。

「浜田さん、コーチングについて、まず説明をさせていただいてもよろしいですか?」と、和田コーチは今後三ヶ月間の間に十二回の会話する時間を三十分ずつ持つことや、この場での話の内容は決して他言しないなどというコーチの倫理についての説明を丁寧に行いました。

「何か、ご質問をいただきたいと思うのですが、いかがですか?」
「いや、良くわかりました。では、今回は、私の悩みを話してもいいですか?」と、浜田さんは少しの時間も惜しむかのように、自分が置かれている状況を話し始めました。

「実は、職場の女性九名のほとんどが古参社員で、私よりも皆、流通センターでの仕事は長い人ばかりなんです。男性社員は、配置換え等の事情があって、そこそこ若い人もいるし、年配者であっても、経験年数は三年くらいと比較的短い人が多いんですね。後は、アルバイトが数名いるんですが、いずれも学生で、まぁ、やる気があるんだかないんだか、良くわからないけれどもまじめに一生懸命仕事をしているようには見えます。
問題は、この古参社員の仕事振りなんです。休憩時間は守らない、勝手に何度もお茶を飲みにいってしまう。夕方なんか、最後のトラックを見送ると、休憩室に上がりこんでしまって、横になって休んでいるものも居る始末。職場でも、大きな声でおしゃべりはするは、アルバイトのシフトを勝手に変更するわで、とにかく自分のセンター長としての立場がなくなるようなことを平気でするんです。
この間、あまりに目に余ったので、シフトの変更は、センター長の責務で行うこと。出すぎた仕事はしないで欲しいときつくいったんですが、『これまでは私たちがやってきたんです。センター長さん、あなたは事務をしているだけで、何も現場のことがわからないんだから、任せてください』と、えらい剣幕でまくし立てられて。挙句の果てに、休憩時間を三十分も延長されてしまって、一部の業務に支障が出るところだったんです。だけど、勤務時間は就業規則でも決められているんだから、夕方のトラックを送り出してしまったとしても、何か、見つけてでも仕事をするのが社員としての勤めだと思うんですよね・・」堰を切ったように一気に思いのうちを話した浜田さん。ようやくここで一息つくかのように、肩で大きく息を一つしました。

「なるほど、そうですか。どうぞ、その先を続けてください」和田コーチは、一息入れている浜田さんを見て、更に先を促します。

「この間の忘年会では、まぁ、私が居たら盛り上がらないだろうと思って、気を使って乾杯だけ済ませて後は用事がある振りをして、退席したんですが、後で、『センター長、居心地が悪いで帰っちゃったんだわ。この間、あんなやぁらしいこといったから、しょうがないわねぇ』と、宴席で言ってたということを信頼する男性社員から聞かされて。私の気持ちも分からない、自分勝手な連中なんで、よっぽど人事に言って、即、人事異動させたろうと思ったんですが、あまりに大人気ないのでそれはやめたんです」と、たまりにためていた怒りをぶちまけました。

「和田さん、この自分の気持ち、分かりますか?」浜田さんは、何とか自分の気持ちを伝えようと一生懸命話したことが伝わったかを、和田コーチに確かめる質問で、現状を訴える話を終えました。
「浜田さん、今、とても浜田さんが怒っているということを感じます。そこで伺いたいのですが、浜田さんが今一番、解決したい問題は何ですか?」

「え?一番解決したいものは何ですかって、私がこんなに話したのに、私の気持ちが理解してもらえなかったんですか?これだけ話してもわかってもらえないんだったら、百聞は一見にしかず。一度、職場にアルバイトとして状況を見にきてください。ちょうど、一人バイトを募集している最中だから、見つかったといって、もぐりこむことは出来ますから・・」口も厳しく、眼も何とか窮状を訴えたいと、力がこもっています。

「いや、私が整理したいのは、浜田さんの気持ちなんです。それで整理したいことの順番というか、優先順位を付けたいんです」と言われた。
浜田さんは、すぐに答えることが出来ず、黙り込んでしまいました。
「今日ここでゆっくり考えていただく時間をとりたいのですが、そろそろ三十分の約束の時間が過ぎようとしています。一つ、次回までに考えていただきたいことがあるんですが、よろしいですか?」沈黙の浜田さんの同意を得る前ににコーチは続けます。

「古参社員との関係をどうしたいのか?その点だけ一つに絞って、考えてきてください。次回は、その点の確認からスタートさせていただきたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「わかりました。次回までに考えてきますが、早く古参社員の何人かを飛ばして明るい職場作りをしたいと思っているので、よろしくお願いします」
浜田さんは、捨て台詞のような言葉を残して、コーチングルームを出て行きました。


竹内 和美竹内 和美 (たけうち かずみ)
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組合の書記長になっての悩み~思い込みを外すコーチングの効用・効果~


「配置換えがあって二ヶ月。まだ、自分の役割すら理解出来ていなくて、後ろめたさというか、本当に自分でいいのかなぁ?と思うと、辛いほうが先にたちます」とおっしゃる横井さん。
浮かない表情だけれども、眼には力があります。うん・・・辛いのが先にたっているのか、頑張ろうとの気持ちが勝っているのか、果たしてどっちなんだろう?という疑問を感じながら、すぐにセッション開始しました。

「横井さん、はじめまして。今日は、ご契約時に確認した目標の背景と、今、何を考えているかを中心にお話をしていただいてもいいですか?」
「はい、コーチ、よろしくお願いします」

「では、まず、ご契約時のお話では、今回の配置換えで、組合の書記長にご就任になった、そのことでコーチングを受けたいと伺いましたが、どんな理由からでしょうか?」
「はい。書記長って呼ばれるのは正直居心地がいいし、これまでは、一社員としての勤務だったんですが、この前社員通用口で取締役執行役員とお目にかかったら、役員のほうから、『おはよう』と声をかけてくださったんです。一社員のときでは到底考えられないことなのでびっくりしました。
団交のときにしか顔を合わせてないわけですから、いわば、敵ですよね?なのに、覚えていてくださったのが嬉しくて・・・」

「なるほど、ちょっと今までと扱われ方が違うとお感じなのかしら?」
「そうですね。ただ、だから責任が重くてきついんです・・・」

しばらく言葉が出なくなってしまった横井さんは、大きなため息とともに、言葉をつなぎ始めました。

「僕はね、出身が田舎の農家の次男坊なんです。農家というのはみんなが自分の持ち分を発揮して、助け合ってやっていくものです。自分の家だけのこともそうですし、集落というか地域全体のことも自分の役割分担が決まっていて、それを楽しく忠実にやっていくもの。それぞれが自分の役割をやっていくことことが、そこに住む者の使命であり義務なんです。だもんだから、自分の生き方というのは、権利より義務を大事にするものなんですよね。
でも、組合の仕事っていうのは、権利が先なんですよね。権利を主張するのが組合の仕事だから、それは書記長としては当たり前なんですが、ついつい、だからって自分は、自分の周りはちゃんと言えるほどの仕事してるか?って考えちゃうんですよ」
「うん・・・難しい判断ですね・・・必ずしも、みんながみんな、権利ばかりを主張しているわけじゃないでしょう?でも、横井さんの周りには権利の主張だけで、義務を果たしていないのかもしれないと思える人もいるわけなんですよね?」

「ええ、そうなんです。みんなちゃんとやってるってわかっているんですが、この交渉を会社としようと思うときに限って、組合員が問題を起こすような気がして。被害者意識が強いのかな?でも、ほんと、このときに問題起こすなよって言うときに限って、問題を起こされると、会社側から『仕事もちゃんと出来ない組合が何を権利だけ主張するんだ』と言われるような気がして、自分がみんなを代表して交渉するのにもブレーキをかけちゃうんです」
「うん、なるほど。交渉するのに影響しちゃうわけですね。ところで、その問題はほんとうに交渉力を奪うほどの問題なんですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

しばらく沈黙が続きましたが、そのあとで横井さんは堰をきったように話し始めました。

「あははは、厳しいことをあえて言うんですね。そうですよね。コーチにも分かられてしまいましたか。たいした問題じゃないんです。そうなんです。もちろん、そんな深刻な問題じゃないのは私にも分かってるんだよ。問題は、自分の心にあるんだよね。問題を摩り替えているだけだよ、それも知ってる。でもだめなんだよ。自分がコントロール出来なくて、どこかに逃げ込んじゃうってわけ。やっかいだろ?」
「なるほど、逃げ込んでることも理解されているというわけですね。でも、逃げ込んじゃうんですね?」

「ああそうだね、逃げ込むんだよなぁ。そのほうが交渉に失敗したとき、自分が傷つかなくてすむから。この歳で、自分が傷つくことを考えるなんて、おかしいでしょ?」
「いえ、自分が大事なのは、歳とは関係ありませんから・・といいたいところですが、立場上はどうなんでしょうか?」

「うん、やっぱりまずいよな。立場上もまずいけど、人としてもまずいよなぁ・・。いい加減に大人にならないといけないと思う。いつも自分に起きる問題は、他人が持ち込むものだと思っている。悪い癖だと思うが、やっぱり都合の悪いことは人のせいにしたい。こんなんで、書記長なんて続けていいんだろうか?」
「横井さんにとって素敵な書記長って、どんな感じなんですか?」

「そりゃぁ、何事からも逃げない人じゃないかな?人格と品格が伴っているというか・・」
「それは大変ですねぇ・・・。人格も品格も高めなければならない?そうじゃないと、書記長っていう役割は果たせないんでしょうか?」

「いやぁ、みんなそうだとは思わないが、そのほうがいいだろうと思う」
「そうですよね。そのほうがいいという程度のことですよな。自分の与えられた役割を誠心誠意やっていればいいんじゃないですか。結果はあとからついてくるものですよ」

「そうですよね。そうなんだ。自分の出来る範囲のことを一生懸命やればいいんだ」
「そのとおりです。人格と品格が伴っているというのは人が判断するわけであって、自分が判断するものではありません」

「なんか、スッキリしちゃったなぁ・・。自己解決とは違う何かがあるね、コーチングには・・・」
「そうですね、私たちは聴くことのプロであるし、話すことのプロでもあるんです。プロフェッショナルな思いと技がマッチしたら、この仕事は楽しい仕事ですよ」

「そうか、今度は、自分がコーチになれたらいいね。今日はありがとう」
「お疲れ様でした」

眼に力があったのは「やる気の高さ」にあったようですが、何かが絡まっていたので、その眼の力よりも浮かない表情が目立っていたようです。絡まっていたものが解けてすっきり晴れやかな顔で、横井さんは席を立たれました。


竹内 和美竹内 和美 (たけうち かずみ)
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新任所長さんの悩み~着任地での仕事環境を整える~


新任所長の木幡さんは、着任早々、大勢の得意先回りをして着任の挨拶をしました。
しかし、営業部長と一緒にどこの得意先に伺っても、一様に世間話ばかりで、お客様との関係や得意先企業のカラーがつかめず、四日目にしてついに我慢出来ず、担当の営業部長を呼んで叱りつけてしまいました。
以来、社内の雰囲気も悪いような気がしてならず、特に女性社員に人気が高い営業部長だったためか、このごろは、木幡さんが外出する際「行ってきます」と挨拶しても、なんとなく返事によそよそしさを感じてしまうという始末でした。
当の営業部長は、毎月、予算を達成するばかりではなく、予算よりはるかに高い成績を上げ続けているため、これ以上、何かを言わないほうがいいのかもしれないと、臆病にもなっているそうです。

「こんにちは。木幡さん。久しぶりですね。お忙しかったんですか?」
電話の向こうの木幡さんの沈み込んだ様子が伝わってきますが、コーチは、クライアントの感情を恐れず、コーチングをスタートさせます。
「コーチ、日本に久しぶりに帰ってきて、嬉しくてたまらなかったのに、もう、次の転勤先のことを考えているのって、どうなんでしょうか?」

「ん? 木幡さん、日本に帰っていらしたばかりのときは、すごく嬉しいとおっしゃっていましたのに何かあったのですか?」
「ええ・・。久しぶりの日本ということもあるけれども、どうも、地方の営業所は、生ぬるいような気がして。着任の挨拶回りのとき、営業部長と一緒にお尋ねしたんですが、世間話ばかりで、得意先の担当者の性格とか、企業の特色とか、何も獲るものがなかったので、『営業部長を呼んで、挨拶回りは、文字通りの挨拶回りじゃない。今後のビジネス展開を考えて、ランクをつけるとか、商談中の進捗状況を確認するとか、担当者の癖や、企業の方針を知りたいと思って時間を作っているのに、君がリードするのは、世間話程度の話ばかりで何も実がないじゃないか?
いったい君はどういう仕事をこれまでしてきたのか?』と、注意してしまったんです」

「なるほど、営業部長の仕事に対する姿勢と、自分の仕事に対する姿勢の違いに、腹を立ててしまわれたんでしょうか?」
「ええ、そうですね。正直、腹が立ちました。こんな厳しい環境下において、生産性のあがらない仕事をさせられるほど、わが社はゆとりがあるわけではありませんから」

「そうですね。生産的ではない時間の使い方が気に入らなかったのですね?では、どんな挨拶回りをしたかったんですか?具体的にお話してみてください」
「まず、一社あたりの訪問時間は、最低でも四十五分は必要だと思います。どうしても、『どこから着ましたか? これまでの仕事の経験は?』と、客先に聴かれることが多いですから、それに十五分は必要です。その後、私が質問させていただく時間が欲しかった。『御社が今、一番力を入れている事業は?』とか、『今期の予算は?』とか、今後の方針や戦略だって、相手が社長なら伺うことが出来たはずです」

「そうですね。それを挨拶の時に伺えれば、効率はいいですね。実際、1社あたりの訪問時間は何分だったんですか?」
「十五分程度でした。長く引き止められたところでも、二十五分くらいでしたかねぇ・・」

「なるほど、そうなると、お客様が質問する時間分だけで、木幡さんが質問する時間はほとんどなかったということでしょうか?」
「ええ、まったくといってなかったですね。しかも、『この赴任地は初めてだ』と言うと、やれ、『水が旨い』だの、やれ、『米がうまい』だのと、食べるものや名所・旧跡の話ばかり。まったく無駄な時間だったんです」

「ところで、営業部長に、挨拶回りの目的や自分の考えを話してみましたか?」
「いや、無駄ですよ。あいつのへなへなした態度や考えじゃ、僕のいうことは理解も出来んでしょう」

「営業部長の役割って、営業成績さえ上げていればいいんでしょうか?」
「まぁ、そりゃあやっぱり営業部長ですからね、成績は上げてもらわなくちゃいけないよね。その点は見事なんだ。この地元出身者だから、顔も人脈もあるだろう。でも、それにしてもすごい。それだけは認めるしかない」

「なるほど、地元出身であるという強みがあるわけですね。だから、売り上げが出来ているんでしょうか? 私には、何か他の要因があるように思えますが、いかがでしょうか?」
「うん・・・。確かに、何かあるんでしょう。でも、それは分からんのです。営業部長は、契約をまとめるときも、よほどじゃないと私を一緒に同席させません。接待のときは、地元採用者をよく同席させているようではあるけれども、そういう基準で行動しているかどうか? それは分かりません」

「うん、うん、そうね。そういう基準かも知れないし、そうではないかもしれない。木幡さんは、営業部長に対して、不平や不満を持っておられるようですが、以外、彼に関するどんな情報をもっていらっしゃるんでしょうか?」
「そういえば、嫌な奴だ、苦手だという意識ばかりで、これまでの社内キャリアに関しても情報を持っていないような気がするなぁ・・」

「うん、そうね。人事台帳ごらんになったら分かるんじゃないですか?」
「いやぁ、うっかりしていたなぁ・・。そうだ、彼の情報を集めてみるか。そこに彼の強みのヒントがあるかもしれない。うっかりしていたなぁ」

「もう一つ、私が疑問に感じたことがあるんですが、伺ってもよろしいですか?」
「木幡さんが赴任されたその土地柄って、どんなふうですか? 地方独特のルールとかが根強くあるんじゃないでしょうか?」

「たとえば?」
「うん、たとえばよそ者を受け入れるのに時間がかかる土地柄とか・・」

「ああ、たしかに。どこに挨拶に行っても、『出身はどこか?』『この土地に知り合いや親戚はいるか』って聞かれて、身上調査じゃない!って閉口した覚えがありますよ」
「はるほどね。やはりそうですね。地方であればあるほど、地元意識というか、身内身びいき的な雰囲気が高いから、営業部長もその点を配慮されたのではないでしょうか?」

「コーチ、あなたはいつもストレートに言いますね。確かにそうかもしれない。私が『東京出身です』とか、『前任地はタイ・バンコクでした』というと、みんな一様に関心がなさそうな顔をするんです。
『親戚もこちらにはいない、大学時代の友達が何人かはいたが、あまり親交がない』と言うと、会話が止まったように思います。そういえばそうだなぁ・・」
「木幡さん、あらためて営業部長に求める役割が何か、どんな関係になりたいのか、営業所の環境を整えることを考えてみましょうか?」

「そうですね。私は少し偏った見方をしていたようですね」
木幡さんは、新任営業所長として、何を見直す必要があるかに気づいてくれました。

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定年間近の部下とのコミュニケーションに悩む課長さん(その1)~コーチングをはじめて受けるクライアントとのスタートに築く信頼関係の重要性を知る~


水野さんは生産管理部で生産管理課長をしていますが、一年後に定年退職者が出ることから、沈み込んでいました。
社内に、困ったときに相談出来るコーチングを受けるシステムがあることは知ってはいましたが、それは自分で解決出来ない者のお助け制度のようなものであり自分には関係ないものと思っていました。水野さんは困ったことがあれば部長に相談するぐらいで、普段は、出来るだけ自分で解決をするように努力していました。

課長としての大きな課題は、ベテランと若手の技術力の差を解消すること、部下育成に努め若手に技術力をつけさせることです。会社としても大きな課題であり、そのためにはベテランの社員の若手に対する技術伝承がぜひとも必要になります。一年後に定年を迎えるベテランの協力がどうしても必要だったんです。この定年退職予定者は、社内では口数少なく、黙々と仕事をこなしており、いわゆる職人気質であり、仕事中は声をかけづらい雰囲気を持っているため、なかなか仕事の手を止めさせてまで切り出すことが出来ませんでした。

「コミュニケーションがうまく取れないから、俺は職人として成功したんだ。仕事は人から頭で教わるものではなく、体で覚えるものだ、俺もそうやって先輩の技を盗み取ったんだ」という本人がいつも言っている言葉に一応は納得してはいますが、それでは困ると水野さんは考えています。

なかなか頼みにくく、先送りしている間に、日にちがどんどん過ぎて行きます。
残り時間はわずか1年、このまま定年を迎えられては困ると思って、毎日のように「最後のお勤めとして、会社に貢献してほしいんですが・・」と何度も依頼するようにしました。その都度、「わかりました。努力してみます」と返事が返ってくるにもかかわらず、なかなか後輩の指導をしないこの部下に、このごろでは毎日イライラしている自分を感じています。
水野さんのイライラは仕事ぶりにも現れ始め、ちょっとしたことでも部下を叱りつけてしまうようになりました。
そんな水野さんを見かねた生産管理部長は「どうしたんだ、水野くん、最近随分イライラしてるみたいだな。水野くん、何か仕事のことで心配事があるんだったら、会社で委託しているビジネスコーチに相談してみたらどうかね?君がそんなにイライラしていると、部下との間の信頼関係が壊れるのじゃないかね?」と、注意してくれました。

水野さんは「部長こそ、自分の話をもっと聞いて、具体的なアドバイスをくれたらいいじゃないか? この問題は、会社全体の問題であり、私だけが考えるべき問題じゃないのに・・・」と、内心大きな不満を感じましたが第三者の冷静の意見を聞けば何か参考になるかもしれないと藁にもすがる思いでコーチのいる部屋を訪ねました。

「はじめまして水野さん。コーチングルームを初めてお訪ねいただきありがとうございます」にっこり笑顔のコーチを前に、水野さんは、「この人がコミュニケーションのプロなんだな。やけに愛想がいいけど、いったい何なんだ、この人は。部長が相談することを勧めたから来てみたんだが、部長から何か聞いているのかな。部長はいったい何を吹き込んだんだ?」と懐疑的な思いを抱きながら、勧められる椅子に腰を下ろしました。

「水野さんにお聞きしますが、率直に言って、今、この瞬間の出会いにどんな印象をもたれましたか?」というコーチの質問に、水野さんはドキっとしました。一瞬、自分の心を見透かされたような気がしたのです。
「はぁ、いえ、あの・・緊張しています」、嘘ではないが、自分の心の中を見透かされないようにと、自分の心がよろいをまとっていることを強く感じながら水野さんは答えました。
「そうですね。とても緊張しているみたいですね。もっとリラックスすることをお手伝いしたいのですが、何か私に出来ることはありますか?」
優しいコーチの言葉に、本当のことを言ってもいいのか?と一瞬戸惑いを見せた水野さん。これまで、職場での愚痴や相談事は、極力話さないように努めていた水野さんは、何をどう話していいのかわからなかった。と、同時に、この話をすると、部長はじめ社内にもれていくのではないかと思うと、気が気ではなく、汗ばかりが流れるように出てしまうようでした。
「・・・・・・・・・」
「初対面のコーチに『何か私に出来るものはないか』と聞かれて、何を言えばいいのかお困りのようですね。私もちょっと先を急ぎ過ぎました。私のほうから少しお話をしますね」
「社内のコーチングルーム、会社のやとったコーチということで、自分の話すことが、会社にもれるんじゃないか。会社にもれて、そんなことも一人で解決出来ないなんて、管理職としては失格だと失格者の烙印をおされて出世にも響くんじゃないかとご心配ですか?
そんな心配は無用ですよ。まず、私は人のことを別の人に面白がって話すことはしない人間です。それから、これはコーチとしての職業倫理ですが、コーチは医者や弁護士と同じように、依頼者のことを他人に話をしてはいけないものです。これは、たとえ私が会社に雇われているとしても、同じ事で水野さんの了解なしには、絶対に口外しませんから安心してください」
コーチは、コーチの職業倫理を話し、また、どんなことをテーマとしてもいいとゆっくり話すことで、水野さんをリラックスさせようと援助してくれています。

「私は、相手に対しては一生懸命にやるほうです。これは、相手が人間だろうと花だろうと同じです。土日は小さな庭でガーデニングっていうんですか?庭いじりをしてまして、花と花との間が開いていたりすると、つい寂しいだろうからと思って、その間を他の花でうめてしまうんです。花たちが小さいときはいいんですが、育ってくるとジャングルになってしまって・・・・。育つスピードも違うし、大きくなると十センチ足らずものもあれば一メーターにもなっちゃうものがあって、もうめちゃめちゃになってしまいます。注意しないとほんとうにダメですね・・・」

このごろガーデニングに凝っていて、花を見るとついつい手が伸びるが、自分を戒めないと、脈絡のない庭になってしまうと笑いながら話すコーチの姿に、水野さんは、自分も庭いじりには興味があると、いつのまにか、庭の手入れの話に体を乗り出すように話し始めました。

「そうですね。私も同じような失敗をよくやっています。蝶々がきて卵を産むようにと、バタフライガーデンっていうんですか、みかんの木を沢山植えて、蝶々の幼虫を育てていたら、近所のみかん農家の人から、あなたの所は害虫を育てているのかと怒鳴り込まれたこともありましたよ。ガーデニングも自分勝手ではダメですね」

頃合を見計らってコーチは、「水野さん、職場でこんなふうに、趣味の話で盛り上がれる部下はいますか?」と、切り込みました。

竹内 和美竹内 和美 (たけうち かずみ)
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