洋菓子店の若奥さん 店員さんの教育に悩んでいます~モチベーション向上に必要な承認とアサーティブな表現~
老舗洋菓子店のリニューアルオープンの日の朝、記念にサービスで配る新作のチーズケーキを目当てに並んだお客様と店員との間に小さなトラブルが発生したものの無事、自らが間に入ったことで解決させたという、老舗の洋菓子店を営む由香利さんとのコーチングをご紹介します。
「リニューアルオープン、おめでとうございます。大変なお客様だったようですね?」
「はい、ありがとうございます。開店前から、新作のチーズケーキのサービスを目当てに、大勢のお客様が行列をされて、大変でした」
「そうですか・・それは大変でしたネェ・・」
「ええ、開店前に、常連のお客様の大きな声が聞こえたものですから、やっぱり我慢出来ずに、
私が飛び出しちゃいました。ほんとうは、店員にやらせるつもりだったのに・・・」
「そうですか、それは残念でしたね。そのお客様は例の由香利さんのおっしゃってた方?」
「はい、父の代からのごひいきさん。母も、よく叱られた彼女です。地元では名士なんです。小言の多いことでね。でも、それを彼女は、自分の名前は有名で、どこに行っても私が来ましたといえばわかるからって勘違いしていらっしゃるの。何でも自分の思うとおりになると思われてるみたい・・・」
「困った方ね・・」
「でも、その方に困ったんじゃなくて、やっぱり社員が及び腰で対応するから、今回もトレーニングにならなかったことについて頭が痛いんです。あれほど、お客様はみんな大切、お客様によって区別してはいけないのよって、あれほど教育したのに・・」
「あの方のお顔が見えた途端、誰が表の行列の世話をするかを押し付けあっちゃうんだもの。まったく研修の成果が上がらなかったように思います」
「そう、研修の成果が上がらなかったように感じるのね・・。接客の問題というか、苦情対応についての研修が更に必要だということはわかったと思うけれども、この問題から、何を得た?」
「ふぅ・・」
「大きなため息ね。由香利さんの悩みの大きさが理解出来るわ」
「やり直しってことですかねぇ・・・父の代からの社員はもう、あまりたくさんいないけど、
それが却ってあだになっている。古い時代の感覚の社員は、邪魔に成ると思ったから、極力、辞めていただいたけど、今の若い人じゃ、お客様あしらいがわからないらしくて・・。でも、私も夫も、ただの街のケーキ屋で終わりたくないから・・。こういう目標も、ちゃんと話してきたつもりなのに」
「由香利さんや、ご主人の気持ちと言うか、会社の目標すら理解してもらってないと感じているのかしら?」
「そうね、まったくそうですね。なぜ、リニューアルしたか?なぜ、無料で新作のケーキを配るのか?ちゃんとすべてを話して、理解してもらっていたと期待していたのに・・・」
「それだけに、辛さも倍増しちゃったのかしらね?」
「そう、そうですよ。結局、身内のもの以外の手は、当てにならないのかしら・・・」
「今日は、少し、悲観的な気持ちでいるようですね。ところで、なぜ、無料の新作チーズケーキを配ったんでしたっけ?」
「新しいお客様の開拓です。若い女性のお客様に来ていただきたかったからです」
「どのくらい、新規のお客様に配布出来ましたか?」
「確かな数字は把握出来ていませんが、社員が言うには、60%くらいは、新しいお客様の手に渡ったと聴いています」
「60%くらい配布出来たわけですね。この数字に対する、由香利さんの満足度は?」
「うん・・そのくらいで十分かなぁと思います」
「その結果について社員の方と一緒に喜びを味わいましたか?」
「いえ、例のおばさんの対応のまずさについて、どうしたらよかったのかを考えさせることにしたのでまだ・・」
「そうですか、残念ですね」
「残念?」
「ええ、社員の皆さんは、残念だと思っているのではないでしょうか?出来たことは褒められず、出来なかったことを叱られる。確かに、出来なかったことを指摘し、考えさせることは大切だと思います。しかし、二つの件は、別々に評価出来ることだと思うのですが、いかがでしょうか?」
「はぁ・・なるほど。別々のこととして考えれば、それはそうですよね」
「このほかに、褒めてあげられることは何かありますか?」
「うん・・あ、そういえば、お客様が途切れたときに、前よりショーケースを磨いたり、ガラスを磨いたり、包装紙の切れ端をきれいに揃えておいてくれるようになりました」
「なるほど。由香利さんも、細かなところまで観察出来るようになりましたね?」
「ありがとうございます」
「もし、一つだけ、早急に改善して欲しいと思うことを話してもいいということになったら、何を取り上げますか?」
「そうですねぇ・・・ご年配の常連客への対応について、練習をすることですかしら?」
「なるほどね。やっぱりご年配の常連客への対応は気になるということですね?では、それをどんなときに伝えますか?」
「朝礼のときかしら・・・お昼からは、シフトの都合で、社員が出たり入ったりで集合する時間がありませんから」
「なるほど。では、どんなふうに話しますか?」
「ん・・・・これから、皆さんで研修していただきたいことがあります。この間の開店のときのお客様あしらいが良くなかったので、研修したいと思います。こんな感じかしら?」
「なるほどね。それを、由香利さんが社員の立場で聞かされたとしたら、どんなふうに思いますか?」
「え?社員として自分の言葉を聴くんですか?」
「はい。そうです。いかがですか?」
「なんか・・ちょっとキツい感じがするわ・・・朝ですし・・・」
「そうですね。ちょっとキツいですね。では、どうしましょうか?」
「どうしたらいいんでしょうか?・・・」
「もし、時間があるなら、今週はこの話はしないでいただいて、来週のセッションまでに話し方を考えてきていただけますか?」
「はい、わかりました。考えてきます」
「優しすぎず、キツ過ぎない言い方って、難しいですよね。頑張って考えてみましょう」
リニューアルオープンから四ヶ月。新しいチーズケーキは、テレビやタウン誌に紹介され、ますます忙しく働く由香利さん。あれ以来、社員に対する不平や愚痴はほとんど聴かれず、一緒に研修に取り組んでいるそうです。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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