傾聴と承認に終始したコーチングセッション~コーチはクライアントに常に寄り添う~
「どうしてみんないい加減に仕事して帰っちゃうのかなぁ・・」とつぶやくように話し始める浅野さん。
「いい加減なんだよなあ、みんな。みんなのそのいい加減な仕事の後始末をする自分が一人残って仕事をするのはほんとうに辛いです」と訴えます。
コーチは、「お辛いんですね。それを今日のテーマにしますか?」と尋ねました。
「コーチングのテーマを代えてもらってもいいんですか」
「もちろんです。コーチングは浅野さんのためにやっているわけですから、浅野さんのためになるテーマを選んでコーチングをすればいいんです」
「ありがとうございます。それでは、私の辛い気持ちを何とかしていただく方向にてコーチングお願いします」
「わかりました。そうしましょう。仕事をしてて辛いとおっしゃいましたが、浅野さんは仕事をしていてどんな気持ちなんですか」
「いつも自分は最後まで一人で仕事をするんですが、どうにもやりきれないんです。答えになっているかどうかわかりませんが、この気持ちを何とかしたいです」
「そうですか、やりきれない気持ちをなんとかしたいんですね?」
「はい、そうですね」
「今日のセッションを終えたらどんな気持ちになっていたいと思いますか?」
「う~ん、今の気持ちがすっきりしてどんよりした雲がきれた感じ、満天の星空となるといいかなぁ・・」
「なるほど、満点の星空なんですね。どうして夜の空なんだろう?」
「星空を見上げたことあります?希望が湧いてくるでしょう?星って気持ちを広げてくれるじゃないですか?」
「そういえば、星空を見上げる時間ってなかなかないですねぇ。すっかり忘れていました。星の観察はお好きなんですか?」
「はい、感動しますよ。満点の空を見上げてるとね。自分がちっぽけな存在だと思います。この社会に生きていることはね」
「星空を見ていると自分の気持ちがすっきりするのですね。嫌なことは忘れて・・・」
「そうなんです。星空を見ていると落ち着くんです。だけど、朝になって会社に行くと腹が立ってイライラするんです」
「どんなとき、腹が立ってイライラするんですか?」
「メンバーや上司、誰に対してもですが、決められたことをきちんと出来ない人を見かけたときですね。これが一番キライです。そんな時イライラしてしまうんです」
「なるほど、決められたことをきちんとしない人を見ると苛立つんですね。他にはどんなときですか?」
「そうですね。他には・・」
しばらく浅野さんは考えた上、「イライラではありませんが、一人で仕事をしているときに無性にさびしくなるんです」と答えます。
「ああ、それからですね。僕が一人で仕事をして事務所に戻っても、上司はお疲れ様というだけで、どんな仕事をしてきたのか尋ねもしない。こっちは、汗水たらして、ひとりで広いグランドの整備とかしてるのに、だぁれも自分のことなど見向きもしない、そんな感じなんですよ。これじゃあ、仕事をする気力をなくすどころか、精神的に参ってしまいますよ」
と、浅野さんは、辛い気持ちをどんどん吐露してきます。
「浅野さんは今、ほんとうに辛いんですねぇ」コーチは共感する言葉を繰り返します。
「ちょっと一声かけてくれるだけでいいんです。仕事は嫌いじゃないし、しんどいなぁと思ったことはあっても、まぁ、仕事だからしょうがないと思えるし。ただ、なんていうのかなぁ・・自分一人だけが仕事をしているような気持ちにさせられることが、嫌なのかなぁ?・・」
「なるほど、浅野さんは、自分一人で仕事をしているような孤独感を感じることが嫌なんですね」
コーチは、今日のセッションでは浅野さんの気持ちを前向きには出来ないかもしれないと、感じました。
この後の時間も、浅野さんは、仕事をするためのモチベーションがどうしても上がらない、職場に行くのが辛いと、心情を訴えました。
「朝起きて仕事にいくのが億劫になってしまっています。いっそのこと休んでやろうかと思うことすらあります」
「そうだね。休んでしまいたいこともあるわね。それでそんなときはどうするんですか。思い切って休んだりしますか」
「そんなわけには行きませんよ。休んだとしても自分の担当している仕事を誰もやってくれるわけでもないので、滞ってしまって後が大変になってしまう。それに、なにより休み癖がついてしまうと、本当に会社に行かなくなってしまうような気がします。だから少しばかり熱があっても、会社は休みません」
「何があっても会社には行くわけですね」
「そうです。でも、風邪気味で熱をおして会社に出ても、誰もご苦労さんともいわないし、風邪気味なら早く帰ったほうがいいとも言ってくれない。ますます気分が滅入ってしまう」
「そんなこともあったんですか。それは辛かったでしょうね」
「そのときは本当に最悪でした。いまだかってあんなにモチベーションの下がったことはなかった」
コーチングのセッションをしていると、いつも元気で前向きな人が、急にやる気をなくしただけではなく、感情的になったり、落ち込んだりすることを経験することがあります。
こんなときは、無理やり話を進めず、徹底した傾聴と承認を繰り返しながら、共感することに重点を置いた会話を進めます。
人は誰しも、常に元気に前向きな姿勢で生きていけるものではないのでしょう。
孤独感は人を立ち止まらせます。こんなときは、コーチも一緒に立ち止まり、もう一度歩き始める気持ちを高めるための会話を進めることに徹しましょう。クライアントより早く立ち上がり歩き出さないようにすることが大事です。
クライアントの中に答えがあるわけです。クライアントの望まないほうに無理に引っ張らないことです。
コーチングは、コーチが決める結論に、無理やり引っ張るように答えを教えたり、押し付けたりすることではありません。
相手のペースで、その人が望む方向を目指して行動するように支援する。
原点を忘れないように・・・という戒めのようなセッションでした。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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