新任所長さんの悩み~着任地での仕事環境を整える~
新任所長の木幡さんは、着任早々、大勢の得意先回りをして着任の挨拶をしました。
しかし、営業部長と一緒にどこの得意先に伺っても、一様に世間話ばかりで、お客様との関係や得意先企業のカラーがつかめず、四日目にしてついに我慢出来ず、担当の営業部長を呼んで叱りつけてしまいました。
以来、社内の雰囲気も悪いような気がしてならず、特に女性社員に人気が高い営業部長だったためか、このごろは、木幡さんが外出する際「行ってきます」と挨拶しても、なんとなく返事によそよそしさを感じてしまうという始末でした。
当の営業部長は、毎月、予算を達成するばかりではなく、予算よりはるかに高い成績を上げ続けているため、これ以上、何かを言わないほうがいいのかもしれないと、臆病にもなっているそうです。
「こんにちは。木幡さん。久しぶりですね。お忙しかったんですか?」
電話の向こうの木幡さんの沈み込んだ様子が伝わってきますが、コーチは、クライアントの感情を恐れず、コーチングをスタートさせます。
「コーチ、日本に久しぶりに帰ってきて、嬉しくてたまらなかったのに、もう、次の転勤先のことを考えているのって、どうなんでしょうか?」
「ん? 木幡さん、日本に帰っていらしたばかりのときは、すごく嬉しいとおっしゃっていましたのに何かあったのですか?」
「ええ・・。久しぶりの日本ということもあるけれども、どうも、地方の営業所は、生ぬるいような気がして。着任の挨拶回りのとき、営業部長と一緒にお尋ねしたんですが、世間話ばかりで、得意先の担当者の性格とか、企業の特色とか、何も獲るものがなかったので、『営業部長を呼んで、挨拶回りは、文字通りの挨拶回りじゃない。今後のビジネス展開を考えて、ランクをつけるとか、商談中の進捗状況を確認するとか、担当者の癖や、企業の方針を知りたいと思って時間を作っているのに、君がリードするのは、世間話程度の話ばかりで何も実がないじゃないか?
いったい君はどういう仕事をこれまでしてきたのか?』と、注意してしまったんです」
「なるほど、営業部長の仕事に対する姿勢と、自分の仕事に対する姿勢の違いに、腹を立ててしまわれたんでしょうか?」
「ええ、そうですね。正直、腹が立ちました。こんな厳しい環境下において、生産性のあがらない仕事をさせられるほど、わが社はゆとりがあるわけではありませんから」
「そうですね。生産的ではない時間の使い方が気に入らなかったのですね?では、どんな挨拶回りをしたかったんですか?具体的にお話してみてください」
「まず、一社あたりの訪問時間は、最低でも四十五分は必要だと思います。どうしても、『どこから着ましたか? これまでの仕事の経験は?』と、客先に聴かれることが多いですから、それに十五分は必要です。その後、私が質問させていただく時間が欲しかった。『御社が今、一番力を入れている事業は?』とか、『今期の予算は?』とか、今後の方針や戦略だって、相手が社長なら伺うことが出来たはずです」
「そうですね。それを挨拶の時に伺えれば、効率はいいですね。実際、1社あたりの訪問時間は何分だったんですか?」
「十五分程度でした。長く引き止められたところでも、二十五分くらいでしたかねぇ・・」
「なるほど、そうなると、お客様が質問する時間分だけで、木幡さんが質問する時間はほとんどなかったということでしょうか?」
「ええ、まったくといってなかったですね。しかも、『この赴任地は初めてだ』と言うと、やれ、『水が旨い』だの、やれ、『米がうまい』だのと、食べるものや名所・旧跡の話ばかり。まったく無駄な時間だったんです」
「ところで、営業部長に、挨拶回りの目的や自分の考えを話してみましたか?」
「いや、無駄ですよ。あいつのへなへなした態度や考えじゃ、僕のいうことは理解も出来んでしょう」
「営業部長の役割って、営業成績さえ上げていればいいんでしょうか?」
「まぁ、そりゃあやっぱり営業部長ですからね、成績は上げてもらわなくちゃいけないよね。その点は見事なんだ。この地元出身者だから、顔も人脈もあるだろう。でも、それにしてもすごい。それだけは認めるしかない」
「なるほど、地元出身であるという強みがあるわけですね。だから、売り上げが出来ているんでしょうか? 私には、何か他の要因があるように思えますが、いかがでしょうか?」
「うん・・・。確かに、何かあるんでしょう。でも、それは分からんのです。営業部長は、契約をまとめるときも、よほどじゃないと私を一緒に同席させません。接待のときは、地元採用者をよく同席させているようではあるけれども、そういう基準で行動しているかどうか? それは分かりません」
「うん、うん、そうね。そういう基準かも知れないし、そうではないかもしれない。木幡さんは、営業部長に対して、不平や不満を持っておられるようですが、以外、彼に関するどんな情報をもっていらっしゃるんでしょうか?」
「そういえば、嫌な奴だ、苦手だという意識ばかりで、これまでの社内キャリアに関しても情報を持っていないような気がするなぁ・・」
「うん、そうね。人事台帳ごらんになったら分かるんじゃないですか?」
「いやぁ、うっかりしていたなぁ・・。そうだ、彼の情報を集めてみるか。そこに彼の強みのヒントがあるかもしれない。うっかりしていたなぁ」
「もう一つ、私が疑問に感じたことがあるんですが、伺ってもよろしいですか?」
「木幡さんが赴任されたその土地柄って、どんなふうですか? 地方独特のルールとかが根強くあるんじゃないでしょうか?」
「たとえば?」
「うん、たとえばよそ者を受け入れるのに時間がかかる土地柄とか・・」
「ああ、たしかに。どこに挨拶に行っても、『出身はどこか?』『この土地に知り合いや親戚はいるか』って聞かれて、身上調査じゃない!って閉口した覚えがありますよ」
「はるほどね。やはりそうですね。地方であればあるほど、地元意識というか、身内身びいき的な雰囲気が高いから、営業部長もその点を配慮されたのではないでしょうか?」
「コーチ、あなたはいつもストレートに言いますね。確かにそうかもしれない。私が『東京出身です』とか、『前任地はタイ・バンコクでした』というと、みんな一様に関心がなさそうな顔をするんです。
『親戚もこちらにはいない、大学時代の友達が何人かはいたが、あまり親交がない』と言うと、会話が止まったように思います。そういえばそうだなぁ・・」
「木幡さん、あらためて営業部長に求める役割が何か、どんな関係になりたいのか、営業所の環境を整えることを考えてみましょうか?」
「そうですね。私は少し偏った見方をしていたようですね」
木幡さんは、新任営業所長として、何を見直す必要があるかに気づいてくれました。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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