組合の書記長になっての悩み~思い込みを外すコーチングの効用・効果~
「配置換えがあって二ヶ月。まだ、自分の役割すら理解出来ていなくて、後ろめたさというか、本当に自分でいいのかなぁ?と思うと、辛いほうが先にたちます」とおっしゃる横井さん。
浮かない表情だけれども、眼には力があります。うん・・・辛いのが先にたっているのか、頑張ろうとの気持ちが勝っているのか、果たしてどっちなんだろう?という疑問を感じながら、すぐにセッション開始しました。
「横井さん、はじめまして。今日は、ご契約時に確認した目標の背景と、今、何を考えているかを中心にお話をしていただいてもいいですか?」
「はい、コーチ、よろしくお願いします」
「では、まず、ご契約時のお話では、今回の配置換えで、組合の書記長にご就任になった、そのことでコーチングを受けたいと伺いましたが、どんな理由からでしょうか?」
「はい。書記長って呼ばれるのは正直居心地がいいし、これまでは、一社員としての勤務だったんですが、この前社員通用口で取締役執行役員とお目にかかったら、役員のほうから、『おはよう』と声をかけてくださったんです。一社員のときでは到底考えられないことなのでびっくりしました。
団交のときにしか顔を合わせてないわけですから、いわば、敵ですよね?なのに、覚えていてくださったのが嬉しくて・・・」
「なるほど、ちょっと今までと扱われ方が違うとお感じなのかしら?」
「そうですね。ただ、だから責任が重くてきついんです・・・」
しばらく言葉が出なくなってしまった横井さんは、大きなため息とともに、言葉をつなぎ始めました。
「僕はね、出身が田舎の農家の次男坊なんです。農家というのはみんなが自分の持ち分を発揮して、助け合ってやっていくものです。自分の家だけのこともそうですし、集落というか地域全体のことも自分の役割分担が決まっていて、それを楽しく忠実にやっていくもの。それぞれが自分の役割をやっていくことことが、そこに住む者の使命であり義務なんです。だもんだから、自分の生き方というのは、権利より義務を大事にするものなんですよね。
でも、組合の仕事っていうのは、権利が先なんですよね。権利を主張するのが組合の仕事だから、それは書記長としては当たり前なんですが、ついつい、だからって自分は、自分の周りはちゃんと言えるほどの仕事してるか?って考えちゃうんですよ」
「うん・・・難しい判断ですね・・・必ずしも、みんながみんな、権利ばかりを主張しているわけじゃないでしょう?でも、横井さんの周りには権利の主張だけで、義務を果たしていないのかもしれないと思える人もいるわけなんですよね?」
「ええ、そうなんです。みんなちゃんとやってるってわかっているんですが、この交渉を会社としようと思うときに限って、組合員が問題を起こすような気がして。被害者意識が強いのかな?でも、ほんと、このときに問題起こすなよって言うときに限って、問題を起こされると、会社側から『仕事もちゃんと出来ない組合が何を権利だけ主張するんだ』と言われるような気がして、自分がみんなを代表して交渉するのにもブレーキをかけちゃうんです」
「うん、なるほど。交渉するのに影響しちゃうわけですね。ところで、その問題はほんとうに交渉力を奪うほどの問題なんですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
しばらく沈黙が続きましたが、そのあとで横井さんは堰をきったように話し始めました。
「あははは、厳しいことをあえて言うんですね。そうですよね。コーチにも分かられてしまいましたか。たいした問題じゃないんです。そうなんです。もちろん、そんな深刻な問題じゃないのは私にも分かってるんだよ。問題は、自分の心にあるんだよね。問題を摩り替えているだけだよ、それも知ってる。でもだめなんだよ。自分がコントロール出来なくて、どこかに逃げ込んじゃうってわけ。やっかいだろ?」
「なるほど、逃げ込んでることも理解されているというわけですね。でも、逃げ込んじゃうんですね?」
「ああそうだね、逃げ込むんだよなぁ。そのほうが交渉に失敗したとき、自分が傷つかなくてすむから。この歳で、自分が傷つくことを考えるなんて、おかしいでしょ?」
「いえ、自分が大事なのは、歳とは関係ありませんから・・といいたいところですが、立場上はどうなんでしょうか?」
「うん、やっぱりまずいよな。立場上もまずいけど、人としてもまずいよなぁ・・。いい加減に大人にならないといけないと思う。いつも自分に起きる問題は、他人が持ち込むものだと思っている。悪い癖だと思うが、やっぱり都合の悪いことは人のせいにしたい。こんなんで、書記長なんて続けていいんだろうか?」
「横井さんにとって素敵な書記長って、どんな感じなんですか?」
「そりゃぁ、何事からも逃げない人じゃないかな?人格と品格が伴っているというか・・」
「それは大変ですねぇ・・・。人格も品格も高めなければならない?そうじゃないと、書記長っていう役割は果たせないんでしょうか?」
「いやぁ、みんなそうだとは思わないが、そのほうがいいだろうと思う」
「そうですよね。そのほうがいいという程度のことですよな。自分の与えられた役割を誠心誠意やっていればいいんじゃないですか。結果はあとからついてくるものですよ」
「そうですよね。そうなんだ。自分の出来る範囲のことを一生懸命やればいいんだ」
「そのとおりです。人格と品格が伴っているというのは人が判断するわけであって、自分が判断するものではありません」
「なんか、スッキリしちゃったなぁ・・。自己解決とは違う何かがあるね、コーチングには・・・」
「そうですね、私たちは聴くことのプロであるし、話すことのプロでもあるんです。プロフェッショナルな思いと技がマッチしたら、この仕事は楽しい仕事ですよ」
「そうか、今度は、自分がコーチになれたらいいね。今日はありがとう」
「お疲れ様でした」
眼に力があったのは「やる気の高さ」にあったようですが、何かが絡まっていたので、その眼の力よりも浮かない表情が目立っていたようです。絡まっていたものが解けてすっきり晴れやかな顔で、横井さんは席を立たれました。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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