子育てコーチング、リワークコーチング 専業主婦恵子さんの悩み~子育てと、仕事復帰を両立させたい気持ちの整理~
〝子育ての卒業は子供がいくつになったときかしら?〟
ふと、恵子さんは考えました。
そろそろ家の中にいるより外に出たい。仕事をしたい。社会に戻りたい。
そんな気持ちが自然と胸の中に広がってきたのは、長男の優太が小学三年生になり、学校からの帰宅時間も遅くなり、帰ってきても自分のことが一人で出来るようになり、塾にも一人で行き、お友達との遊びも活発になってきた頃でした。
でも、結婚を契機にそれまで勤めていた会社を辞めて十年、雄太が生まれてからの八年は子育てに専念していた。いまさらこんな私を受け入れてくれる職場があるのだろうか?
自分一人で考えていても始まらないと思った恵子さんは、PTA活動を通して仲良くなった浜本さんに、思い切って打ち明けました。
浜本さんは、子育てと仕事を両立させているとてもエネルギッシュな人で、PTAでも積極的に発言し、だれからも羨望のまなざしで見られている反面、浜本さんは、専業主婦にはない仕事をしている女性特有の自信に満ち溢れており、近寄りがたい独特の雰囲気をかもし出すことから、専業主婦のお母さんがたには彼女のようになれないという僻みを感じている人も多く、PTA活動の中では浮いた特別な存在でした。
普段の活動後は、同じ専業主婦仲間とお茶をして、愚痴を話し合い憂さを晴らしている恵子さんでしたが、それはそれで楽しい時間だけど、同じ境遇の人と会話をしていても同じようなことしか聞けないわけで、それではダメだと思って、子育てと仕事を両立させている浜本さんと話をしてみることにしたわけです。
「浜本さん、ちょっとお話してもいいですか?お忙しかったら、またにしますけど・・」
おどおどしながら、恵子さんは思い切って浜本さんに声をかけました。
「あら、恵子さん、お疲れ様です。校庭の草取りって大変よね。一生懸命ただ黙々と草むしりするだけでしょ。本当に疲れちゃうわよね。だから私ねぇ、実は草取りって好きなの。何にも考えないで、ただただ、草を抜いているとね、忙しいこともわずらわしいことも、全部忘れられるじゃない?普段は何かと忙しくしていてこういう時間、あんまり持てないでしょう。
こういう時間って貴重なのよね」と、心のうちを明かしてくれました。
「あ・・ええ、そうですね」浜本さんから予想外の言葉を聞いて恵子さんは、とっさにどう答えてよいかわからずに、浜本さんの言葉を受け止めるだけで精一杯でした。
「・・・・・・・・・・・・・・」恵子さんは次の言葉が出せませんでした。
「ところで、恵子さん、どうしたの? お話ってなぁに? 悩んでいることがあって何か話したいんだろうなとは思うんだけど、それは深刻な問題なのかしら?」
浜本さんは、恵子さんの表情を見て、恵子さんが悩みを思っていることを見抜いたようです。恵子さんは、自分に悩みがあることを見抜いた浜本さんに対して驚きを感じるとともに、警戒心もでて、何でもかんでも話しして大丈夫だろうか、とっさに感じたそうです。
「浜本さんは、子育てとお仕事の両方をされていますよね。浜本さんは、お子さんがいくつのときからお仕事始められたんですか?」
「長男が五歳、次男は二歳だったわ。うちは自営業なのよ。夫が常に店というか家にいるわけよ、だから夫も子育てに直接関われるわけよね、私が外で働くためにはとてもラッキーだったわよね。もっとも、そのためにはそれまで以上に子供たちの世話をするという覚悟が必要なのよ。外にでるのだから、当然に子供達に関わる時間は短くなるわけだけど、そのぶん効率よくというか密度を高めるというか、時間がないのだから子供達の世話は犠牲にしてもいいという考えでは、外にでて働くということはやめたほうがいいわよ。それは夫の協力も必要だわ。食事の支度も、手が空いているほうがすればいいでしょ?っていうことを理解させる夫育てには、七年もかかっちゃいましたけどね。こっちのほうが大変だったわ(笑)」と、浜本さんは何でもないことのようににこやかに答えてくれました。
「恵子さん、働こうかどうしようか、迷っていらっしゃるの?」
「ええ、どうしようかと思って。このごろでは、三時半近くまで子供は戻ってこないし、戻ってきてもお友達と遊びに行っちゃうし。自分のことは自分で出来るようになっているんです。塾も、一人で行けるようになったし。なんか、取り残されているような気もするし、でも、まだまだ子育てに専念したほうがいいようにも思うし・・・」
「ねぇ、恵子さん、あなたが働きに行くと、どんなことを得られるの?」
「え?得られるもの?多少、自由になるお金かなぁ?」
「それだけ?」
「う~ん・・・。働いているという充実感?かな・・」
恵子さんは、浜本さんの意外な質問に、「自分は何故働きたいんだろうか。何のために働こうとしているんだろうか」そんなに深く考えたこともなかった自分の気持ちを整理しなければならないと、とっさに感じました。
その後も、浜本さんは、恵子さんがいつも漠然と考えていることが分かっているとでもいうような態度で接してくれました。恵子さんが本当はこのことを言いたかったけれども、自分でも気づかず誰も話題にしてくれないような恵子さんの気持ちの奥深いところにある本当の恵子さん考えをじっくり聞いてくれました。
「結局、私は自分の人生じゃなくて、人の人生に関わることで自分の人生の充実感を得ようとしていた気がする・・」
回りを見回してみると二人以外は誰もいません。二人は、とうのむかしに解散の指示が出されていたことにも気づかないくらい、じっくり話し込んでいました。
「こんなに人に自分の感情や考えを話したのは初めて。すっごくすっきりしたわ。浜本さん、聞いてくれてありがとう。ところで、浜本さんは、保険会社で働いていたんですよね?人材って募集していませんか?」と恵子さんは、積極的な姿勢で、浜本さんに就職先の情報を得ようとし始めました。
そんな恵子さんに、「恵子さん、就職先は、あなたがほんとうに何がしたいのか、どんな人生を送りたいのか、じっくり考えてから選択する時間を持つことにするのでは、間に合わない?」と、最後の質問を投げかけました。
恵子さんは、この質問に対し、「そうですね。あせっちゃいけないのよね」と、素直に答えました。
「もう少し考えてみます。今日はどうもありがとうございました」
恵子さんは、いまさらながら浜本さんのすごさに驚きながら、自分の気持ちを整理してみることにしました。
浜本さんは、キャリア・カウンセラーでもあり、コーチングのキャリア専門コーチとして活躍していることを、後日、恵子さんに明かされたそうです。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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