他責にて仕事をしている人への初回のコーチング~コーチングへの正しい理解と自分で行動することに気づかせる~

初めて訪ねた病院の事務長さんとのコーチングです。
「経営戦略を立てて稼げる病院にしたいんです。このままでは病院はだめになってしまいます」と唐突に語る事務長さん。
「そのことについては、院長先生はどんなお考えなんでしょうか?」との質問に、「院長は、ドクターとしては腕は立つけれども、経営感覚は全くないと思います」と、語気を強めて訴える事務長さんは、明らかに苛立ちながらコーチングを受ける決心を話し始めました。

「病院はね、ドクターの資格がないと、経営は出来ないんです。でも、ドクターで経営の感覚を持っている人なんて、いないんじゃないですか?」

「ドクターに対する意見をはっきりお持ちのようですね」

「ええ、看護師だって余分に確保しないでいるから、みんな疲弊しきっている。にもかかわらず、一言の労らいもなく、自分の機嫌しだいで若手の医師や看護士を当り散らすし。見ていても気の毒ですよね。病床数の増減だって行き当たりばったりだから、職員の数もしょっちゅう見直さなきゃならない。忙しいばっかりだし、褒めないどころかしかられてばっかりという職場だから、ベテランの看護師はどんどん辞めるし・・・」

「なるほど、そこで、戦略を立てる必要があると思われたんですか?」

「ええ、もう、自分の首をかける気持ちで院長に進言したんです。『このままじゃ、病院は立ち行かなくなります。看護士は疲れきっているし、ベテランの看護師はどんどん辞めるし、このままでは医療ミスを起こしたり、看護師の労災問題などで新聞沙汰になりますよ?なんとかしなくては経営も立ちいかなくなりますよ』と。そうしたら、急に顔色が変わって、『そんなに危ないのか?』とおっしゃるから、長い目で見たら、倒れるということですと申し上げたら、どうしたらいい?と、下手に出られて・・」

「なるほど、院長先生が少し弱気になったんですね?」

「ええ、そうですね。それで、『経営を立て直すなら、やはり戦略が必要なのではないでしょうか?』と提案したんです。そうしたら、『そうか。戦略が必要か。その通りだな。戦略案を院長である私がつくってもいいんだが、私がつくるとそれは戦略案ではなくて決定になるので、ここはひとまず経験豊富な事務長、君のところでいい案をつくって持ってきてくれ。それで今後のことを検討していこう』って言われたんですよ」

「なるほど。院長先生は、それを事務長であるあなたの仕事にしたということですね?」

「おかしいとは思うんですよ。その役割は、病院の、経営者の役割だと思うんですが、とにかく病院が立ち行かなくなると困るので、私が考えようと思ったんです。院長に任されたのもすこしいい気分だったし、院長には考えられないから、自分しかいない。よしやってやろうって思いました」

「少しいい気分でやる気が出たのですね」

「ただ・・・」

「ただ、どうなさったんでしょう?」

「私には、荷が重くて・・すぐにはわからないんです。どうしたらいいのか・・・そこで、経営の勉強を始めビジネススクールに通うことにしたんですが両立が出来ず、投げ出してしまおううかと思ったりしました。挫折しかかっていたら、ビジネススクールの先生が、コーチングのことを教えてくださったんです」

「なるほど、では、実際に会話をしてみて、話す前と後では、どんな風に気持ちが変わるかをやってみましょうか?今日ははじめてのセッションですが、どんなことをテーマに進めましょうか?」

「え?話すテーマを自分で決めるんですか?僕の話を聴いて、アドバイスをくれるんじゃないんですか?」

コーチの言葉に対して明らかに不信感と不満を表情にした事務長さんは、コーチの質問に答えようか辞めようか、迷っているようです。

「無理にお答えになる必要はありません。答えたくないですという答えもあるんですよ。それでは、改めて伺いますが、すぐに解決してしまいたい問題をテーマにしたいと思いますが、いかがでしょうか?」

コーチの穏やかな表現に、意を決したように事務長さんは口を開きました。

「すぐ解決出来るアドバイスや方法がほしい」

「すぐに解決するためのアドバイスや方法がほしいのですね。では、最初に質問させていただいてもよろしいですか?」

コーチは、アドバイスするとも方法をあげるとも言わず、自分の話すことを質問という形として表現しました。
事務長さんは、コーチの話に了承して、コーチの次の言葉を待ちました。

「事務長さんは、人からの指示・命令を受けたとき、いつもどんな気持ちになりますか?」

「え?気持ちですか?仕事上での指示・命令は当たり前のことだから・・・」と言いながらも、はっとしたようです。

「そういえば、気持ちよく思ったことはありませんね。もっと別の方法があるのに・・と、心の中で考えています。ましてや、院長からなら、『またかぁ、自分は言うばっかりだなぁ・・』と思っていますね」

「なるほどね、気持ちよく思ったことはないんですね。では、こうしたら、ああしたらという助言はどういう気持ちで受け取りますか?」

「・・・(しばらくの沈黙の後)いやだけど、従っておかないと、院長の機嫌が悪くなる、と思い、しぶしぶ従っていますねぇ・・」

「なるほど、助言は、しぶしぶ従うわけですねぇ。ということは、院長先生からの指示・命令・助言は、間違っていると思っても、ほかにいい方法があると思っても従っている、その結果については、自分のせいではない、院長がやれと言ったからやるだけのことにすぎないということでしょうか。では、どうしたら、事務長さんは気持ちよく自分の考えどおりに行動するのでしょうか?」

「・・・ん・・・・」

事務長さんは、すっかり考え込んでしまいました。
だれでも、答えは自分の中にあるのです。しかし、それに気づかず過ごしている人がほとんどなのです。自分の持っている答えを封印して、上司の言うことにひたすら従っている人もいます。そのほうが責任をとらなくてもいいから楽だからだと思う人もいます。しかし、それで企業人としての使命が果たされていると言えるでしょうか。
自分の中にある自分の意見や考えを曲げずに、なおかつ、組織が目指す方向からは外れないように行動する。それが、企業人としての使命です。
コーチはコーチングを通じて、クライアントにそのことを自ら気づいていただくことに主眼をおき、クライアントを支援します。答えを提供するのではなく、クライアントが自分で持っている答えに気づくことを援助するのです。
戦略作りは、まさに、会社の今後の全てを左右するほどの重要な役割です。
使命を与えられたことに気づくためにも、コーチングはしばらく続きました。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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