若手の先生と教頭先生の会話~コミュニケーションを考え直す~

中学校で数学を教えるようになって七年目。熱血先生として評判の横井先生、熱血ぶりにかげりが出ています。

このごろの生徒の学力低下はひどいものであり、どうやって指導していけばいいのかと悩みの深い横井先生。近頃では、生徒がどんなことを考えているのか、自分のやり方に不満をもっていないか、ついていけないと考えているのではないかと思い出して生徒の言動のすべてが気に障るようになりました。文武両道、数学の授業もクラブ活動のバスケットボールでの指導も熱心に行うことから学校の中でも有名な熱血先生でしたが、このごろでは、部活動の指導にも熱が入っていないように見受けられるようになっていました。熱血先生の極端な変わりように教頭の田中先生は心を痛めていました。

期末テストも終わり、珍しく部活動の指導を早めに終えた横井先生が、ひとり職員室にいたのを見計らって、教頭先生は横井先生の隣に腰を下ろしました。

「お疲れ様です、横井先生。このごろ、元気がないようで心配なんですが、何かあったのですか?」と、何気ない世間話を始めるように、教頭先生は横井先生に話しかけました。

横井先生は、深いため息をつきながら「教頭先生、この前の期末テストの結果でも明らかなように、僕の教えている生徒たちの成績、惨憺たるモノなんです」と、横井先生は胸のうちを吐き出すように話し始めました。
「生徒たちはまじめに僕の授業は受けているんです。とても熱心だと思います。僕も、授業の進め方は工夫しています。でも、テストになると、皆、盛田先生の指導のクラスより成績が悪いんです。ある保護者からは、3者面談のときに、『指導力がたらないのでは?』と、露骨に指摘されてしまったし。どうしたらいいのかわからなくて・・・」

胸の中にずっとしまっていた荷物を降ろし始めた横井先生は、次から次へと話します。「生徒たちは、普段、とても楽しげに授業を聞いてくれているんですが、問題を解けというと、『わからん』だの、『難しい』だのといって真剣に問題と向き合おうとしないんです。
時間がないから、どうしても、授業最後のほうに出す問題については、正解を出すまでの過程を板書し、ノートに写させて各自で勉強しておくようにと伝えるんです。

次の授業のとき、振り返りにと問題を扱うと、覚えているらしくそのときには出来るんですが、理解していないからかテストになって、応用問題にすると、まるっきりわかっていないようなんです。私は数学は暗記じゃなくて、順序立てて物事を考えていき、答えを導いていく過程が大事だと考えています。ところが生徒達は、暗記ものと捉えているらしく、少し応用を利かせるともう出来なくなってしまうのです。
例題をどんどんやらせて、解き方を暗記させていくのも一つの手なんでしょうけど、それでは数学を勉強する意味がないと思うんです。例えば、『分数の割算は逆さにしてかければいい』というテクニックを覚えるのではなく、どうして逆さにしてかけるのだろうかということを順序だって理解してもらいたいんです。ところが、生徒達には・・・・」

どうやら横井先生は深い悩みを抱えているようです。

教頭先生は黙って横井先生の話を聴いていましたが、横井先生の言葉が切れてから、十分に時間を空けて、穏やかに質問をしました。

「横井先生、よく話してくれましたね。私はとても嬉しく思います。同時に、あなたの悩みがとても深いことを感じています。少し時間をかけて、その問題の解決に向けて、横井先生を支援していきたいと思いますが、いかがでしょうか?」

「教頭先生、ありがとうございます。こんな話、だれにも相談出来ず悩んでいたんです。教師が授業のあり方で悩んでいることを人には知らせられなくて、どうしたらいいのか困っていたんです。思い切って教頭先生にお話してみました。ですから、校長や学年主任には黙っていてくださいね。もちろん、保護者の方にもです」

「横井先生のお気持ちはよくわかります。今日うかがったことは、横井先生と私の間だけの話としましょう」

「ところで横井先生、先生は、生徒たちにどうなって欲しいんでしょうか?」

「え?どうなって?そんなこと、考えたこともありませんでした。今考えますと少なくとも、自分の力で考えられるようになって欲しいと思いますんです。数学の魅力は、考えて答えを導き出すところにあります。今の生徒は、すぐに解決の方法を知りたがる。答えと解き方を聴いて、ほんとうにそのとおりになるだろうか?と、結果だけを確認している。それでは、考える力はつかないと思うのです。だけど、カリキュラムの時間はめいっぱいで組まれているし、盛田先生のクラスに遅れてはならないし・・・。そうなると、暗記させてでもいいから、カリキュラムどおり進めようと思ってしまいます。自分の〝そうあってほしいと〟いう気持ちとやっていることが矛盾しています」

「横井先生、一つ、今、私が感じていることを言ってもいいですか?」

前置きをしてから、教頭先生は言葉を続けました。

「横井先生は、ご自分の指導方法に生徒がついてこないと嘆いたり、盛田先生の指導結果と、ご自分の指導結果を比べて嘆いたりしておられる。その嘆きはそれぞれの生徒のしていることについてであって、自分のことではないですね。盛田先生とのことでも、盛田先生とご自分のことではないですね。生徒がしてくれないと嘆いているわけですね。問題は、生徒側にある。生徒さえちゃんとしてくれさえすれば・・とお考えではないですか。だけれども、すべて他人任せな考えでは、何も解決しないと思うのです。解決をするために先生は、何が出来ますか?」

「え?!」と、再び横井先生は黙り込んでしまったまま、しばらく時間が過ぎました。それでも教頭先生は、じっと次の言葉を待ってくれているようです。

「教頭先生、明日まで待ってもらってもいいですか?もう一度、ゆっくり考えてみます」といった横井先生の眼に、ほんの少しですが力が入ったように感じた教頭先生は、「今後もこの問題を一緒に考えさせてください。横井先生、今日はどうもありがとう」と言って、職員室を後にしました。

教頭先生は、生徒とのコミュニケーションをよくするために、コーチングを学んでいましたが、馴れ合いにならないコミュニケーションを目指しているばかりでなく、先生とのコミュニケーションを図るためにも、スキルが活かせることに気づいて、職場で活かしているそうです。

若手の教員は、自分の行動を自分で評論する力は強いが、当事者として問題を受け止める力が弱いと感じているようです。

若手教員のモチベーションを向上させたり、悩みを聴いてあげられるよき先輩教員として、コーチングのスキルを活かしているとのことです。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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