熱血社長と夢を語らない契約社員へのコーチング(その2)~夫婦の信頼関係を取り戻すために、自分の人生を考えた男性社員の今後の夢をうかがう~

「はじめまして・・西川さんでいらっしゃいますね?」
「はい、西川です」

「どうぞ、お入りください。来ていただいたここは郊外ですが、わかりづらかったでしょう?」
「はい、ちょっと迷いましたが、それほどではありませんでした」

「ところで、西川さんは、コーチングは初めてでいらっしゃいますか?」
「いえ、ずっと以前働いていた会社で受けていました」

「?会社で受けてらっしゃったんですか?」
「はい、あの・・・私は、実は以前大手の商社におりまして・・・社内のコーチング研修で知り合ったコーチに、個人的に契約をしてもらっていて・・海外赴任のとき、家族を連れて行くかどうかとか、妻の父親と、私の親父がほぼ同時期に倒れて看病しなければならなくなったときの妻との関係とかをコーチとセッションして自分の気持ちを妻に伝える勇気を持ったりしていました」

「経歴を林社長は何もおっしゃらなかったので、失礼しました」
「いえ」

「この三月末で契約が切れるということですが、次の仕事はお決まりですか?」
「いえ、まだ・・・年齢が年齢だし、商社にいたのは、かれこれ五年も前の話。再就職は難しくて・・」

「雇用形態は契約社員をご希望なのですか?」
「はい、仕方がないんです。今は・・」

「事情がおありなんですね・・。伺ってもよろしいですか?」
「はい、実は、妻の父親はすでに他界しております。脳梗塞で倒れて、四年半、妻は看病していました。でも、三年前に倒れた私の親父は、まだ、生きていて・・(西川さんの目に涙が・・・)」

「続けてもらってもいいですか?感情を殺す必要はありません。しばらく時間をとりましょうか?」
「いいえ、大丈夫です。みっともないですよね?男が泣くなんて・・・。
(しばらく沈黙の後)私の親父は心臓でした。心筋梗塞というやつで・・・妻が早く気づいてくれたので、命は落としていません。でも、入院して自宅に戻ってからどうも言動がおかしくて。いわゆる認知症というやつです。二年前は、まだ、妻も自分の父親の病院での看病と、自宅での私の親父の看病とをやりくりしてくれていました。でも、だんだん、私の親父の痴呆がひどくなって、徘徊するようになると、二人の病人と四人の子供の面倒を一人で見ることは困難になりました。当たり前ですよね。
でも、私は、仕事をやめられるはずがなく、自宅に戻ると不機嫌でいらいらしている妻の気持ちを汲み取ってやれず、自分だって仕事で疲れているからと、家事や育児を手伝ってやらなかったんです。二年半前に日本に戻るとき、自分は課長になったばかりで、中間管理職としての役割をいやというほど感じていた頃です。だれも、自分のことを理解してくれていないと思っていました。だから、妻の苦しみや悲しみに気づいてやれなかったんです。妻とは、同期入社で、総合職同士だったから、話もあったし、理解しあえていると思っていました。妻の父親が倒れたとき、彼女は介護の決心をし、子育てを保育園に任せっぱなしだったから、このあたりで社会とお別れしなきゃならないと自分から言い出したから、すべてを飲み込んでいたと思っていたんです」

「奥様は?今お元気ですか?」
「ええ、自殺したとかじゃないですよ。ただ、彼女との信頼関係は失ったままです。同じ家にいるし、子供の良き母親であり、私は良き父親であります。ただ、夫婦の間に信頼関係はありません。二人きりになると、会話もありません。彼女は、私に心を閉ざしたままです」

「西川さんが契約社員である理由は?」
「彼女は、仕事をやめたくてやめたわけじゃなかったんです。私のキャリアを優先して考えてくれてただけなんです。当時の私は、とにかく自分のことだけで精一杯だった。でも、彼女は、いつかそんな自分の気持ちを私が理解すると思って期待していたと思います。男だから、家事や育児なんて関係ないと思っていた。
今、私は、土曜日と日曜日は父の看護と子供たちの面倒を見ているんです。彼女に仕事をさせてあげるためです。パートだから、給料が良いわけじゃない。でも、私の給料だけじゃ生活が厳しいから、足しにしてもらってるんです。それでも、彼女は社会と接していたいというから、希望をかなえてあげているんです。
平日も、私は残業出来ないんです。私が、父と子供たちのお風呂の担当だから。彼女に三〇分だけ、自分のことだけする時間を作ってあげるんです。夫婦の信頼関係を取り戻すこと、私が男として役割を担う働きをすること。これが、私の夢なんです。でも、そうするためには、父親が死ぬのを待つしかない。そんなこと、社長に話せますか? 男気の高い社長に、今の私の生活は理解出来ないと思います。林社長のお母さんの介護は、専務である奥様に任せっぱなしだったと聴いています。林社長は苦労していないんです。そういう面で。理解してもらいたいという甘えもありません」

「夢を語れないのは、そういう理由だったんですね?」
「はい、父親の最後が待ち遠しい、仕事をしたいなんて、そんなこと人として、男として話すべきではないでしょう?」

「うん・・・話すべきかどうか私には結論は出せませんが、西川さんの心は伝わってきます。このままでよろしいのですか?」
「このままで?とは、契約のことですか?」

「はい、西川さんが林社長だったとしたら、今の西川さんの事情を知ったら、どんなふうに声をかけると思いますか?」
「いや、介護や育児に追われたといっても、だから仕事で失敗したのはフォロー出来ないと言うと思います。現に、妻は、そんなにぼろぼろになりながらも、パートに出る日や仕事をしている姿は輝いています。やはり、どこかに私は『手伝ってやってる』とか、『やらせてやってる』という気持ちを持っているからでしょう。仕事が出来ない=契約打ち切りは、ルールなので仕方がありません」

「林社長は、もっと懐の深い方であると感じたことはありませんか?」
「社長と私は似ているんだと思います。考え方に信念があるというか。自分の意見には絶対の自信があるし、男であることにこだわりもあります。私の夢を実現するためには、職場が必要でしょう?
男として家族を養う仕事をする環境が出来たら、私はもう一度、この会社を訪ね、社長と一緒に仕事をしたいと思っています」

「胸のうち、お伝えにならずにお辞めになるんですか?」
「ルールは大切です。男ですから・・・」

なんとも悲しい事情が二人の間にありました。
西川さんは、このセッションのあと、「久しぶりにコーチングを受けて、やる気というか、商社で海外赴任して自分の人生を楽しんでいた当時の自分のモチベーションを思い出すことが出来ました。また、いかに自分が林社長のこと好きなのかも理解出来ました」と、すっきりした顔でフィードバックをしてくれました。

「男として」という表現を、お二人とも口にしていたことがとても印象的な二回のセッションでした。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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