パンを焼いてみたい店員さん~自己主張出来ずにキャリアを断念しようとする気持ちを奮い立たせる~
ベーカリーで働く野田さんは、入社七年目のベテラン販売員です。
店先に並ぶきれいなパンを見ては、このパンを焼いてみたいという思いに駆られますが、店長に話す勇気がありません。いっそのこと他のパン屋さんに転職をしようかと思うのですが、パンを焼いたことがない自分が、パンを焼くスタッフとして雇われることはないだろうと思うと、その勇気も出せず、暗澹たる気持ちで毎日、過ごしているそうです。
「野田さん、社長さんに『パンを焼いてみたいんですが・・』と、気持ちを伝えるという宿題を実行してみましたか?」
「いいえ・・・」
「何が野田さんの行動を引き止めているんだろう?」
「ん・・・、社長は強引な人だから、自分の言うことなんか聞いてくれないと思うんですよ・・」
「どんな行動を起こそうとしたか、細かくお話いただいてもいいですか?」
「はい、月曜日の昼過ぎ、社長は店に立ち寄られて、パンとコーヒーとサラダで食事をされました。食事中に話しかけるのは悪いと思って、終わるのを待っていたんです」
「なるほど、社長に対する配慮をなさる野田さんは、優しい人だと思いますね・・・。そして?」
「食事を終えられたので、トレイを下げようと近づいて、そのとき、お話しようと思ったんですが、何だか社長の表情が怖く見えてしまって。結局何も言えませんでした」
「そうかぁ・・・で、ほんとうに社長のご機嫌が悪かったんですか?」
「いやぁ・・・わかりません。でも、ああいう表情の時、社長はいつも機嫌が悪く、うっかり話しかけると、『後にしてくれ!』と、きっぱり言われてしまうので・・・」
「野田さんが想像する社長の気持ちに臆して、行動しなかったということですね?」
「・・・・」
「社長の表情が仮に明るかったとして、他にどんなことがあれば、ジョブローテーションしてほしいと言えるんでしょうか?」
「・・・・、そもそも、やっぱりそういうことを言ってもいいんでしょうか?そこから自信がなくなっています」
「ありがとう。ご自分の気持ちを言葉にしてくださると、次を考えやすくなります。ジョブローテーションを希望することが、そもそも良いかどうか?と言うところで、気持ちが揺れるわけですね?」
「はい・・・」
「仮に出すぎたことだとしましょうか?それを言い出して、社長に出すぎるなといわれたとして、野田さんにどんな影響がありますか?」
「社長はワンマンな人だから、私みたいな人は解雇するんじゃないかと思うと・・・」
「過去にもそういう人がいましたか?」
「いえ・・でも、給料を下げられた人はいます。パンを焼いていたスタッフですが、販売したパンの中に、異物が入っていたとクレームを受けたときです」
「それは、仕事の上での失敗が原因で、その人の態度や姿勢が悪いわけではなかったんでしょう?」
「まぁ、そうですが・・・」
「それでも心配?」
「はい・・・会社は好きなんです。仕事も好きです。でも、パンを焼いてみたいんです。お客様の喜ぶ顔を見たい。アイデアもあるんです。ケーキのようなパンを焼きたい。デザインも考えています」
「でも、アイデアも、デザインも誰にも公開していないんでしょう?」
「はい」
「お店の売り上げに貢献出来るんだったら、野田さんが直接焼けなかったとしても、社長に訴えるものがあるんじゃない?」
「どうしてですか?」
「パンをデザインしたいという気持ちに、少しだけ気づくかもしれない」
「そうでしょうか?」
「野田さんは、コミュニケーション能力が高い人だと思います。でも、それで自分の行動を縛っているのも確かなことだと思います。相手への配慮で、自分を縛り付けてしまっている。苦しい思いをしながら、相手のことを考えている」
「でも、働く場所がなくなったらどうしたらいいんでしょうか?」
「あたって砕けなさい!と、無責任なことはいえませんからネェ・・・」
「やっぱり今のままでいるしかないのかな・・・」
「一つ、提案してもいいですか?」
「野田さんのお休みに、クッキングスクールやパン教室に通ってみたらどうでしょうか?」
「え?」
「趣味としてでもいいけど、仕事を変えてもらうためには、勉強していたんですよという姿勢を見せたらどうでしょうか?」
「・・・。パン教室に通うんですねぇ・・・」
「お金はかかりますが、キャリア・デベロップメントにもなると考えたんですが、いかがでしょうか?」
「いくらくらいかかるんでしょうか?それに、自分のオリジナルなパンなんて焼かせてもらえるんでしょうか?」
「わからないことだらけですよね?もう一つ、提案したいんですがよろしいですね?」
「はい・・・。まず、パン教室がどこにあり、月謝がどのくらいかかるか、資格がとれるかどうかなど、必要な情報を集めるということを来週までにしていただきたいと思います。」
「なるほど、それなら出来ると思います」
「お友達と一緒に行動していただいてもいいと思いますし、いかがでしょうか?」
「そうですね。深谷さんもまだ、成型を担当していて、自分のパンを焼いたことはないって言ってるし。楽しみながら出来るかもしれません」
「ようやく明るい笑顔を見せていただけて、ほっとしました」
「ごめんなさい、いつも心配ばかりかけていて」
「誤らないでくださいね。私は、野田さんの人生の応援団長です。嫌なときはいやです!と教えていただけると嬉しいです。」
「でも、私は、人にいやな顔をされたくないので、やっぱり何も言えなくなっちゃうんです」
「残念ですが、このテーマは、来週お話しましょう。」
「はい、ありがとうございました」
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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