若女将の苦悩~リーダーシップについて考え、自己啓発の重要性に気づかせる~
旅館に嫁いで一〇年になる妙子さん。1年前、大女将が急逝し、妙子さんはご主人とともに名実ともに旅館を支える立場になり、がむしゃらに仕事をしました。
妙子さんは、大女将に仕込まれただけあって、品も良く、気働きの出来る若女将としてお客様には評判上場で、最初は上手くいっている様に見えたそうです。
ところが、若女将が一人で奮闘すればするほど、仲居さんや板場(調理場)と上手くいかなくなり、若女将にはついていけないと、とうとう、仲居が何人もまとめて辞めるという事態を招いてしまいました。ご主人に相談しようにも、組合事務所に出かけることが多いご主人とゆっくり話す時間もなく、仲居頭も疲弊している姿を見て、妙子さんは、涙ながらにコーチに訴えました。
「もう、限界です。私じゃダメだったんですね・・・私一人が浮き上がっていて、私さえいなければうまくいくんです。私が家を出れば、やめるといっている仲居もとどまってくれるようですから・・・明日、実家に帰ろうと思います」
「うん・・妙子さん、気持ちをまず、穏やかにするためにコーヒーでも飲みましょう」
「はい・・ありがとうございます。でも、いいんですか?コーチ、お忙しいんでしょう?私のために、時間を延長してしまうと、後のお仕事に差し支えますでしょう?」
「あなたは、優しい人ですね。こんなときさえ、私の心配をしてくださる。あなたの心、どうして仲居さんたちに伝わらないのでしょう。ほんとうにお家を出る決心なんですね」
「それしかないと思って・・」
「他に方法がないとお考えなんですよね?」
「はい、仲居頭と仲居たちは仲良くやっているんですから、何も心配はないと思います」
「仲居頭の陽子さんとは、ゆっくり話し合ったんですよね?」
「はい、私は、お客様のことしか見えてない。大女将は旅館を支える社員にも目配りが出来ていたけれども、私は、お客様の満足のことだけしか考えてなくて、社員に無理をさせすぎたって言われました。1年もたてば、疲弊してしまうのは、しょうがないかもしれないって・・・」
「大女将と一緒に九年間働いていらっしゃって、お客様をもてなすという女将の仕事は理解出来たけれども、社員のマネジメントが出来なかったということですか?」
「うん・・・そうですね。でも、大女将はお客様のことを何より大切にしなさいと口癖のようにいっていたし、私には、いつもお客様のお相手を最優先させてくれていて・・・。数ある旅館から私どもを選んでくださっているんだから、精一杯のおもてなしをしなさいと」
「妙子さん以外のひと達も、お客様に精一杯のおもてなしをしていますよね?」
「それはそうです。仲居さんは仲居さんの立場で、精一杯やってくれています。私が自らお客様のお世話をしますから、みんな、それを見て一緒の気持ちでお客さんへの精一杯のおもてないしをやってくれているもんだと思っていたんです。それが、若女将がいたんでは辞めさせていただきますだなんて・・・・」
「大女将は、後方でどんな仕事をなさっていたか、覚えていますか?」
「え?後方で?帳場でですか?」
「いえ、そうじゃなくて・・お客様のお相手を妙子さんに任せている時間、仲居さんたちとの係わりかたや、板場への心遣いとか・・」
「さあ・・・私、自分のことだけで一生懸命だったから・・」
「ちょっときついことを言いますけど、よろしいでしょうか」
「はい、私のためになることでしたら、何なりとおっしゃってください」
「妙子さんは、九年間何を見ていたんですか。大女将という素晴らしいお手本がありながら、何も見ていなかったんですか?」
「そうですね。私大女将のことを何にも見ていなかったんですね」
「そんなふうにご自身を責めても何も解決はしないですよ。妙子さんがお家を出ること以外に方法はないのでしょうか?」
「他の方法ですか?」
「はい、他の方法で妙子さんが出来ることがいいでしょう」
「何が出来るんでしょう・・・いつも、大女将がいてくれたし。私、一〇年たっても何も一人でしたことがなかったのかしら?」
「何もないわけじゃないけれども、いつも誰かに守られながら過ごしていたことに気づけただけでも良かったんじゃないですか?」
「そうですね。至らない私をお(義)母さんがカバーしてくれていたんです。だから、お客様のことだけ考えて仕事をしていればよかったんです。どうしたらいいのかしら?」
「お一人で頑張れないなら、誰かの手を貸していただけばいいんじゃないですか?」
「え?陽子さんに迷惑をかけるわ・・」
「もし誰かがあなたに助けを求めてきたとしたら、どのように感じますか」
「そうですね、助けを求めてこられると自分を頼っている、自分を信頼してくれている、この人のために手助けしてあげようって思います」
「それに、陽子さんは、マネジメントをする役割もあるんじゃないですか?仲居頭さんなんでしょ。仲居頭というのは、仲居さんたちのヘッドであるわけでしょう?それならば、リーダーの役割を果たしてもらってもいいのじゃありませんか?」
「はぁ・・・そうですか・・・あの、リーダーというのはどういう仕事をすればよいのでしょうか?」
「リーダーの仕事はたくさんあると思いますが、マネジメントは仕事の一つでしょう。仲居さんたちとコミュニケーションをとって、現場の意見を吸い上げて、妙子さんと改善点を相談するとか」
「私、リーダーは率先して仕事をするものだと思っていて・・」
「そうですね。いろいろ考えてみなければいけないですね。妙子さんが考えるヒントを差し上げてみましょうか」
「はい、お願いします」
「妙子さんは板場のことは板長さんに任せていますよね。板長さんは板場のリーダーとしてリーダーシップを発揮して板場をまとめていますよね」
「確かに、板場は板長さんに任せています。板長さんにもその辺のことを聞いてみようかしら・・・」
「これから、いろんな人に聞いて、もう一度、お勉強してみたらいかがですか?」
「いいんでしょうか?私が残っても。ただ一つ仏様のことだけが心配で。啓二さんは、ご先祖様の日々の供養をしたことがなくて心配がたくさんあって・・」
「お家を出ることよりも、出ないでどうするかということを、もう一度、ご主人と話し合われたらどうでしょうか?」
「そうですね。学校を下りてからのほうの勉強は大変ですね。頑張らなくちゃ!」
明日、旅館をでて実家に帰ると言われているので、少し厳しい質問もしてみました。時間との勝負の中で、自分の結論を決めているクライアントへのコーチングの事例です。
ある日突然、リーダーになっても良いように、必要な自己啓発に努めることが大切でしょう。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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