進学塾の講師の山口さん 最近やる気が出ない~子供との接し方を取り戻したセッション~
進学塾の講師になって三年半。子供たちを時には叱り、時には褒めて認めて、子供たちがやる気をなくさないように必死で受験指導をしてきました。しかしながら、このごろ、マンネリ感からか毎日の生活に張りを感じず、ただただ、契約があるからやらなければならないという感じで、塾に出勤して子供たちに接しているという山口さん。このままではいけないと思って、コーチングを学習し、自らコーチングと出合ったことにより、自分自身が変わったことを楽しんでいるという同僚の村中さんのコーチングを受けてみることにしました。
村中さんは、いつもと変わらず、ソフトな語り口で山口さんに話かけました。
「山口さん、このごろ塾内で山口さんの笑顔が少なくなっていたことが、とても気になっていたんですよ。何か、悩みでも抱えているんですか?」
「え? 村中さん、気づいてくれていたんですか?やっぱり態度にもでてしまっているのかなあ。私は、正直やる気がなくなっていて、子供たちの変化や無気力サインにすら、このごろは気づいてあげられなくなってしまっているんです」
「何かあったんですか。よろしければ具体的なことを教えてください」
「この間、中間テストの結果が芳しくなかった子供の保護者の方から『中間テストの結果が思うように上がってないのは、山口先生のせいだ!子供がやる気のないことにどうして気づいてくださらなかったんですか?山口先生を信頼していたのに、こんなことが続くようだと先生を替えてもらわなければならなくなります。しっかりしてくださいよ』と、全面的に私の責任だといわんばかりの電話を受けたんです。それ以来、電話に出るのも、子供に接するのも怖くなってしまって・・・。もうどうしたら良いか、ぜんぜんわからなくなってしまったんです」
「そうですか、それは大変だったですね。ところで、山口さんは子供たちの受験について、どんなお考えをもっておられるのでしたか?」と、村中先生は、ご自分も授業準備や小テストの採点でお忙しいのに、しっかり手を止めて、山口さんとゆっくり向き合ってくれています。
山口さんの発言に対し、決して、「自分はこうしている、自分の経験はこうだ!」と押し付け
ることもなく、ときに深くうなずいたり、ときに話の続きを促すようなあいづちをうってくれたりしており、山口さんは、どんどん村中先生に自分の考えや気持ちを伝えることが出来たそうです。
「子供たちには、全員志望校に入ってもらいたいと考えています。そのために出来ることは何でもやるつもりではいるんです。また、そうしてきたつもりなんです」
「ところで山口さん、子供たちに伝えたいけど、言えないで黙っていることありますよね?」
と、唐突に村中さんに言われた山口さんは、言っても良いものか言わないほうが良いのか判断がつかず、黙っていました。村中さんは、しばらく考える時間をくれました。
しばらく沈黙が続いて、そのあと山口さんは、胸の中にしまっていることを話したほうがいいかどうか半信半疑で重い口を開きました。
「たしかに、あることはありますが、それは私と子供たちとのことであって、村中さんにお話して解決出来る問題かどうかよくわかりません」
村中さんは静かに付け加えました。
「山口さん、私を信頼してくださいというのはおこがましいかもしれません。でもね、胸につかえていることを人に話すだけでも、心はずいぶん軽くなるんですよ。でも、それはね、独り言や壁に向かって話してもすっきりはしないんです。なぜだと思いますか? 聴いてもらっているということが大切だからです」
「たしかに、さきほどの保護者からのクレームのことも村中さんにお話しをしたらすっきりしました」
「そうでしょ。子供たちも同じなんですよ。
子供たちの言葉や表情を真剣に受け取ってあげるだけでいいんですよ。真剣な思いが伝わると、子供は『めんどくせぇ・・』とは言わなくなるんですよ」
「それは分かっているんですが、どうしたら子供たちに心を開いてもらえるか、分からなくて・・・」
「子供たちはどうでしょうか。山口さんが心を開いていると感じないかぎり心を開かないんじゃないでしょうか。子供たちは、何か話すとすぐそれを親に言われるのではないかと疑心暗鬼になっているもんなんですよ」
「お互い様ってことですか。相手に心を開いてもらうためには、こちらも心を開くことということですね。頭では分かっているのですが、受験生の子供たちの前に立つと、成績というか数字だけが先に立ってしまうんです。子供たちの気持ちなど二の次にしてついハッパをかけてしまうんです。一体、どうしたらいいんでしょうか」
「そうですか。ちょっと提案してもいいですか?これから話すことをやってみるかどうかは山口さんが決めればいいことなので、ちょっと聴いて下さい」
「はい。私の参考になると思われることでしたら、何なりとお話しください」
「一度、時間を決めて、子供一人ひとりと話す時間を作って将来の夢を聴いてみたらいかがですか?五分でいいんです。やってみませんか?」と、村中さんに提案された山口さんは、「将来の夢ですか。そんなことを聴いたこともなかったです。目先の受験さえうまく行けばその先はあとで考えろなどと言ってましたから。そうですね。やってみます」と答えました。どうやら、子供たちとの接し方を見つけたようです。
受験コーチングは、難しいといいます。相手が子供であるために、目先のしたいことが先にたって計画的にものを考える習慣がついていません。将来の夢を語らせて、「それに向かっていくにはどうしたらいいと思う」と子供たちにぶつけてみることで、子供たちが前向きに受験勉強を考えるようになります。
親にすぐ連絡してしまうのではないかと不安になっており、なかなか本音を言ってもらえないこともあります。子供たちとの間に信頼関係が築けるかどうかです。真剣に対峙し誠意をもって対応することが大切になります。
山口さんが村中さんの話を素直に聴けたのも、村中さんの話しぶりなどから村中さんとの間で信頼関係が保てたからです。
どうしたらいいか困ったときには、仲間に相談して協力をあおぐ必要もあることを、村中さんはそっと教えてくれたようです。山口さんは、コーチングというもののすばらしさが少し分かったようでした。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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