板前修業に入って三年目。~他者の感情を理解する~

日本料理が大好きで、いつかは自分の店を構えたいと思っている神山君。
高校卒業と同時に、料理の世界に足を踏み入れた神山君ですが、このごろ元気がなく、コーチをされているお母さんに紹介されて、セッションすることになりました。

「こんにちは。お休みをつぶしていただいて、恐縮です。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、急なお願いをしてすいませんでした」

「今日は、どんなことをテーマに話しましょうか?」
「はい、今後の進路のことをちょっと考えたいんですが、いいですか?」

「そんなに硬くならなくてもいいですよ。何か緊張でガチガチになっていますね。神山さんは、お仕事で緊張するのはどんなときですか」
「そうですね。板場の中でも、板場のものの食事『賄い』を作るときは緊張します。同じ道を志す下っ端が先輩のための食事を用意するわけですから。実力とアイデアを試されているようで、とても緊張するんです」

「そうでしょうねぇ・・。どんな『賄い』がお得意ですか?」
「得意なのは野菜たっぷりの雑炊です。魚のアラでだしをとり、野菜の切れ端を細かく切って、卵だけは料理長から分けてもらいますが、他は、すべてお客様にお出しした料理の材料の残りというか、切れ端でやれるようになりました」

「そうですか。素敵ですね・・見習わなくちゃと思います」
「それはいいんですが、このごろ料理長が僕に何も言わなくなったんです。僕より下の新人にはいろいろ言っているのに、僕は何をしていいのかわからず戸惑う毎日なんです、僕は、料理長の気持ちというか、阿吽の呼吸で動くことが出来なくて・・・板場にいるのが苦痛なんです」

「うん、辛いですねえ」
「・・・・」

「お料理の世界を志したのは、どんな自分を思い描いたからでしょう?」
「僕は、母一人子一人で。いつも母は夜遅く仕事から帰ってきて食事の支度をしてくれていたんです。だから、大きくなったら、いつか母に食事を作ってあげようと思って。それなら、いっそ料理人になって自分の店を持って、母においしいものを作ってあげたいと思ったんです」

「素敵な夢ですねえ。お母さんをうらやましく思います。神山君は優しいのねぇ」
「中学でまったく勉強しなかったし、家は経済的に難しいから高校へいけないと思っていた。でも、母は一生懸命に働いて、高校へはどうしても行けと応援してくれて。自分もバイトして頑張って卒業しました」

「そう、苦労したんだネェ」
「親父を恨みました。親父がしっかりして、離婚してなければって」

「そうですね。ご両親には何かの事情がおありだったわけでしょうからね」
「僕、親父がいないから、歳の大きい人との話をどうしたらいいかわからなくて・・」

「料理長とのこと?」
「はい、料理長もだけど、先輩とかも。怖いんです、話し方が。いつも怒られている様で」

「そうかぁ、それは困ったネェ。ほんとうに怒られてるの?」
「そういう時もあるし、そうじゃなくて、仕事の指示を出されてるだけのときもあります。僕がわからないんだと思うんです」

「今年入ってきた後輩はそれがちゃんと出来るってことですか?」
「はい、『べつに料理長は怒ってないんじゃないっすか?』ってこともなげに言うんだけれども、僕にはどうしてもそう思えない」

「そうかぁ、それは辛いね。一つ聞いてもいいかな?」
「はい」

「料理長の表情ってどんな感じか観察したことはある?」
「表情ですか?」

「いつも、まじめな顔をされています」
「そうですか、まじめな顔ですね?先輩方は?」

「先輩は、料理長と同じようにまじめな顔」
「なるほど。お母さんのというか、女性の表情と比べて、何が違うと思う?」

「女性の表情ですか?」
「そう、例えば女将さんとの違いは?」

「うん・・・難しいなあ・・・。女将さんは・・・」
「私が想像したことを話してもいい?」

「はい」
「女将さんは、いつも笑顔。おかあさんのイメージも笑顔。だから、何も抵抗を感じないけれども、男性は笑顔をほとんど見せず、まじめな顔をして、お仕事を黙々としていらっしゃるんじゃないかしら?」

「ああ、確かに・・・。先輩とは、まだ、手が空いたとき話をして笑う顔を見たことがあるけど、料理長とは、そんなふうに時間を過ごしたことはないですねぇ」
「そうだね。だから必要以上に緊張しちゃうんじゃないかな?」

「そうかもしれません。後輩は、それが出来ているような気がします」
「それが出来ているというのは?」

「僕も1年目は、料理長から直接、いろいろ教わったことがあるんです。包丁の入れ方とか、鍋の磨き具合をチェックしてもらったりとか。もちろん、そういうときは、厳しい顔しても当たり前だと思ってました」
「どうしてそういう時間が減ったのかな?」

「仕事場で、一応、自分で動けるようになったからだと思うんです」
「それは、成長したということだよね。誇りに思っていいじゃない?」

「そうかもしれない。でも、料理長と話せないで、阿吽の呼吸も持てないし。どうしたらいいんでしょうか?」
「厳しいことを言ってしまうけど、学校じゃないから、声かけてもらうまで待ってちゃだめなんじゃないかな?」

「自分から、話しかけて迷惑じゃないでしょうか。僕は、人から話しかけられるのが嫌いなんですが・・・」
「迷惑だなんて心配することはないと思うわ。料理長はあなたが成長しているから、手取り足取り、何から何まで指図されて動かさなようにと考えたんじゃないかしら?料理長は神山君に任せて話しがあれば聴こうと考えているんだと思うわ」

「自分から、どう話しかけたらいいんでしょうか?」
「神山君はどんなことを話したいの?」

「そうですね、いろいろ聞きたいけど、技術のことかな?まだまだ、覚えなきゃいけないこと、いっぱいあるし。あと、材料のこととかも」
「なるほどね、いろいろ教えていただきたいんですが?って、自分から声を掛けてみたら?」

「え?だって、料理長はお忙しい方だし・・」
「もちろん、調理している最中はだめだよね?だとしたら、いつならいいと思う?」

「ああ、そうですね。お昼休憩のときとか?仕事が終わって帰り道とか?」
「そうだね。声をかけてもいいときがいつなのか?1週間、観察してみようか?」

「そうですね。やってみます」

年齢の違う父親のような上司や先輩との付き合いにまごつかないようにするには、子育て中の父親はどう接していけばいいのか。
子育て過程の中でのお父さんの役割、改めて感じました。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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