受験発表を終えた長男とのコーチング~受験失敗を前向きにさせた母親のコーチング効果~
「今年の春は、花の足が速い気配で始まりましたが、桜の開花は思ったより早くなく、例年より少し早い程度でしたね」アイスブレークのつもりで軽く話し始めた山川コーチでしたが、
「我が家の桜は三年後まで咲く気配なしになりました」と、返してきた武田さんの言葉に、胸が縮む思いをし、一瞬目頭が熱くなりました。
武田さんは、受験発表を終えた長男とのコーチングの様子を山川コーチとのテーマに選びました。
「まぁ、この春ほど、どきどきする時間を過ごした春はないですねぇ・・」
「ご長男、受験でしたねぇ。結果発表はいかがでしたか?」
「桜は咲かず。一歩及ばずでした」
意外なほどあっさりおっしゃる武田さんの言葉に、一瞬言葉を失ったのは、むしろ山川コーチのほうでした。
「残念でしたねぇ」山川コーチが見つけた言葉は短いものでしたが、四ヶ月間、コーチングを通して一緒に戦ったような気持ちの山川コーチも、本当に残念な気持ちが湧き上がり、自然に言葉になって自分の思いを伝えました。
その気持ちが伝わったのか「ありがとうございました。この四ヶ月の中でのセッションは、受験する長男との付き合い方をテーマにしていただきましたから、コーチと一緒に戦ったような感じですね。
我が家の空気は、終始、受験でぴりぴりしたものがなく、私も普段と変わらないペースで仕事を中心とした生活でしたし。発表の日も仕事をしていましたので、合格の通知は、メールで入れておいてと、長男と約束していたくらいだったんですね。それでも、さすがに気になって、仕事中にメールの確認を許可いただき、たった一言、『落ちた』というメールを読んだときは、さすがに動揺しましたねぇ。たった一言の短い言葉にこめられた長男の気持ちを思うと、母親として何とかしてやれなかったのか悔やみました。
よもやという油断があったんでしょうね。もともと、ボーダーラインぎりぎりへの挑戦であったわけですから、どこかでプレッシャーをかけ
たほうが良かったのかもしれません。母親として、どうこの受験生と向き合うか、受験期の手綱を引くべきだったのか?後悔するんですねぇ。仕事先の皆さんも同じように受験をさせた父親が大勢いらっしゃったので、皆さんに気を遣わせてしまいました。仕事に私情を挟んだのは、初めてでした。最初で最後の経験かもしれません」
さすがに、半日という時間に気持ちが整理出来ていたのか、武田さんは落ち着いて話します。
山川コーチは、そんな武田さんのそっと吐き出される言葉をじっくり受け止めます。
「ところがね、長男に電話をして、とりあえず自宅に戻ることを確認すると、不思議に落ち着いてね。
『気をつけて帰ってね』と、穏やかに沈まず伝えることが出来たんですよね。セルフコーチングして、気持ちを落ち着かせたのも功を奏するんでしょうが、何より、これは、長男の問題であり、支援者である私が動揺したら、余計に気持ちを沈ませると考えたんですね。
さすがに、電話の向こうの声は涙声でしたが、つらいだろうし悔しいはずなのに気丈に振舞っている様子に胸を打たれるなど、何度も私の気持ちもくじけそうになるんですよね。でも、その都度、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせ、仕事を続けました。昼の休憩は、食欲の塊のような私もさすがに食べたいという気持ちが湧かず、その代わり、担任の先生の電話や、塾からのお詫びの電話などを受け、先生方と話すことによって、次第に気持ちを落ち着けることが出来、恐らく、他の家庭のお母さんとは違う、冷静な対応が出来たと思います。
長男と向き合いなおすにも時間はさほど長くかからず、1学期の学校管理ミスによる不幸な事故によって負った骨折と手術のこと、三年生最後のクラブ活動を断念し最高の応援者として、松葉杖をついてグランドに病院から駆けつけたこと。夏休み以降の学習中心の生活のこと、秋以降の家庭教師と塾による家庭学習の強化など、様々な過程をふりかえりながら、ここまでの努力がいつ実を結び大輪の花を咲かせるかとても楽しみだという、将来に向けて引き続き支援するよという親の気持ちを素直に伝え、長男の気持ちを前向きにするセッションにさほど時間をかけることもなく、お互いの協力を感謝しあう、評価感謝の時間を持つことが出来たことに、別の意味で、長男の成長を感じ、熱くこみ上げるものを堪えることが出来ませんでしたねぇ。
悔しいのは当たり前なんだけど、今回のことを通してまた一つ成長した長男を感じることが出来、これも長男に与えられた大きな試練、これを乗り越えていってこそ私の長男だと思っています。すこし強がりかもしれませんが、そう思うようにしています」
ここまで一気に話した武田さん、さすがに感情が高まったのか、眼にうっすらと涙がにじみ言葉に詰まって黙り込んでしまいました。山川コーチはその沈黙の時間をじっと待つという協力をしました。
「長男が信頼するある会社の社長にあてたメール、読んでいただけますか?親ばかだけど、嬉しくってね。山川さんにぜひ、読んでいただきたいんですよ」
そういって武田さんは、山川コーチに携帯電話のメールを差し出しました。
山川コーチは、ゆっくり時間をかけて読み、「中学生とは思えない文章ですね」と、武田さんに笑顔で話しかけます。
「そうでしょう?それと、気の強さというか気丈さは、私譲りでしょうかねぇ・・」と、笑って携帯をしまわれました。
「どこかで、母親として受験生とどう向き合うか、腹をくくってなかったことを悔いる気持ちがあるのかもしれない。それが、自己弁護になったり、後悔になったり。まだまだ複雑ではあるけれども、私らしく自分満足のために仕事させてと、宣言してみます。私が私らしく自分のために働くことが、みんなの幸せを後押しするということを理解してもらえるよう、後悔しないようにします!」
と、山川コーチに宣言した武田さん。
武田さんは「息子と親という関係のコーチングって難しいですね」というクライアントの言葉にうなづくばかりであったこれまでとは違い、一人の人間として向き合えば、親子間のコーチングが成り立つこと、話すことで自分の気持ちを確認したり、次の行動を計画出来ること、宣言することの大切さなどを、改めて学習する良いきっかけとなったと付け加えられました。
また、コーチングという仕事を通して、支援しているはずのクライアントから、多くの励ましや思いやりある言葉をかけていただけたことに、改めてこれまでの自分の仕事振りを振り返り、「全力投球してきたこれまでの私へのご褒美だね」と、満面の笑みを浮かべた武田さん。
三年後は、高校と大学のW受験を控え、ひそやかに心を締めなおしたようでした。
山川コーチはこのセッションにおいて、徹底した傾聴に努めました。話したいことを自由に話してもらう。お地蔵さんのようにただ黙って聞いているのではなく、命ある人として自分の気持ちを素直に表しながら、クライアントの話を徹底して聴くということの大切さを皆さんも改めて考えてみてください。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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