歯科開業医コーチングにふれました~コーチングを体験して自己を見つめなおす~
歯科医になって五年半。石川さんは念願の開業にこぎつけました。
勤務医としての経験を元に独立し、晴れて開業医となり最初は無我夢中で走っていました。このごろ、自分は技術者として患者さんの歯を治療する歯科医として活躍したかったのか、それとも歯科の経営者として行動したかったのかに迷いが出てしまいました。独立して開業しているわけで、技術者としての歯科医師としての自分と、歯科経営者としての自分との両面で仕事をしていかなければならない。また、それがやりたくて独立したんじゃないかとは思うのですが、自分には両立出来るほど時間にゆとりがない、才能がないと悩み始めました。患者さんの治療をしていても、ふっとそれが頭をよぎるようになり、適切な治療が出来ているのか不安にもなってきて、気持ちは落ち込む一方でした。
そんなとき、歯科医師会の会合があり、何か参考になることはないかと参加してみました。宴席であったこともあったせいか、「私は歯科医として患者さんのことを最優先に考えているんです。しかし、個人で開業しているわけで経営というものも考えなければならないんです。
歯科医としての自分と経営者としての自分とは、矛盾した関係であると思い、それは両立出来るはずがないと思うんです。どちらかを犠牲にしなければ成り立たないわけで、そうすると歯科医ではなくなってしまうんじゃないか、自分がとんでもない男になってしまうんじゃないかととても不安なんです」自分の心の中のわだかまりを、酒の勢いで話し出したところ、地域でもやり手との評判の高い橋本先生が話しかけてくれました。
「石川さん、ぼくもさぁ最初はそう思ったんだよねぇ・・。患者は少ないし、高齢者ばっかりで時間にゆとりがあるから、なかなか話に付き合うのが大変で、ともすると予約時間がだらだらになっちゃって、別の患者さんからのクレームで、受付に飛んでいって、平身低頭謝って。何のために苦労して歯科医になり、独立したかわからなくなっちゃったんだよねぇ」
石川さんは橋本さんの話にうなづくばかりでした。ただ、石川さんはこの時「橋本先生、なぜ、そんなこと僕に話すのかな?ずいぶんやり手の先生と聞いているけど、苦労話はいつ自慢話に変わるんだろう?」と、懐疑的に感じたそうです。
その後も、橋本先生は「石川先生は、どんな歯医者になりたいと思っているの?」とか、
「子供の患者って、どうしたら増えると思う?」など、日ごろ石川さんが考えていることを話したくなる質問ばかりをしてくるので、ついうっかり話してしまいそうになりました。しかし、石川さんは「橋本先生は、私のアイデアを盗みにきているのかもしれない」という不安が生じ、同業者はライバルだと思い始めたそうです。そのことが石川さんの口を重くしていました。
その夜は、橋本先生の質問に対して答えをあいまいにしたまま自分の部屋に戻り、一人、飲みなおしていたのですが、橋本先生の質問が何度も頭によみがえり、石川さんは、自分に向かって、「それは・・・」と、答えてみたそうです。
翌朝、どうしても橋本先生ともう一度話したくなり、石川さんは自分から橋本先生を探し、朝食を一緒にとりたいと、自分から橋本先生に話しかけてみました。
橋本先生は、石川さんの突然の申し入れを快く受け入れてくれたばかりではなく、穏やかに石川さんが話す夕べの質問に対する答えを聞いてくれていました。
石川さんの意気込む姿が落ち着いたころ、橋本先生はゆっくりした口調で石川さんに質問をしました。
「石川先生、先生は、昨日はお話しにならなかったのに、どうして今朝は私に話してくれる気持ちになったのでしょうか?」
あまりに率直な質問に、石川さんはどう答えたらいいのかわからずもじもじしていましたが、思い切って答えてみました。
「いやぁ、橋本先生、ほんとうに申し訳ないことですが、先生の質問に答えると、自分のアイデアをとられちゃうような気がしたんです。だけど、あの後、部屋で自分に向かってたくさん話をしたんです。『どうしたい、こうしたい、こういう思いもある・・』とね。今朝、橋本先生のお姿を探してまで話したくなったのは、どうしてなのかわかりません。しかしこれだけは言えます。夕べ考えていたことを今朝、橋本先生にお話したら、夕べ考えたより、更にアイデアが膨らむのを感じて、驚きを感じています」
と、石川さんは素直に橋本先生に話しました。
橋本先生は、「僕はね、実は、患者さんの話を聴くのが苦手でね。ず~っと、治療中黙って仕事をしていたんですよ。ところが、ある日、おふくろがこっそり治療にやってきて、びっくりしながらも、いつものように仕事をしたら、治療を終えた後にこう言ったんですよ。『歯医者はマスクをしているから、目線で話をしなくちゃならない。言葉にならない言葉で語るのは難しいねぇ。今のお前の眼は怖くて、見つめられると思わず眼をつぶってしまうよ。お前の考えているところを読み取るために眼で会話するどころじゃないよ』とね。それで、考えちゃったんだよねぇ」
そのとき、橋本先生は初めて、マスクで顔を覆ったまま、いかに患者とコミュニケーションをとったらいいかを考え、先輩の歯科医から患者とのコミュニケーションには相手の考えていることを引き出すコーチングが効果あるよと教えられ、コーチングを勉強し始めたことを教えてくださいました。
「僕に今、話をしたら、夕べのアイデアが更に膨らむように感じたって言ってたでしょ?これって、大事なことなんだよ。経営者としても、歯科医としても、僕らの仕事はとても孤独なんだ。誰かに話をすると、アイデア取られちゃうように思うその気持ち、僕にもよく理解出来るからね。だからこそ、コーチと会話する時間が必要なんだと思うよ。何でも聴いてくれるから話しているうちに、思わぬことを思いついて嬉しくなったり、こんなに人の口と心を軽くするなら、自分も聴き方を習おうと学習出来たりね。経営者としてとか歯科医としてとか、難しいことは後で考えるとして、どうだろう、とにかく患者さんからありがとうという言葉がもらえる歯医者を目指して、突っ走ってみたらいいんじゃないかな?と僕は思うよ。報われない努力はない。石川先生は、真剣に自分の仕事と向き合っていると僕は思うよ」と、言われ、石川さんは心が暖かいものでいっぱいに満たされたような気がしたそうです。
「日々の忙しさに流されないようにその日に感じたことを日記につけることも大事なことだから必ず日記をつけたらいいよ。それは自分を自分自身でコーチングすることにつながるよ。セルフコーチングって言うんだ。そして、それで感じたことを今日みたいに人に話すことが大事だよ」と橋本先生から最後に言われました。
人に話すことによって、更にアイデアが膨らむのがコーチングの醍醐味です。
石川さんは、患者さんとのコミュニケーションのとり方を橋本先生に習ったような気がして、気分がスッキリ晴れて今日も一日頑張るぞと思ったそうです。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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