若手の先生と教頭先生の会話 のその後~コミュニケーションを考え直す~
さて今回は、前回の若手の先生と教頭先生の会話のその後をお伝えしようと思います。
教頭先生との会話の後、横井先生は深く考えました。
特に、教頭先生から受けた質問の、「横井先生は、ご自分の指導方法に生徒がついてこないと嘆いていたり、盛田先生の指導結果と、ご自分の指導結果を比べて嘆いておられる。その嘆きはそれぞれの生徒のしていることについてであって、自分のことではないですね。盛田先生とのことでも、盛田先生とご自分のことではないですね。生徒がしてくれないと嘆いているわけですね。
問題は、生徒側にある。生徒さえちゃんとしてくれさえすれば・・とお考えではないですか。
ですが、すべて他人任せな考えでは、何も解決しないと思うのです。解決をするために先生は、何が出来ますか?」
という思ってもみなかった質問は、深く心をえぐられました。
それでも答えが出ないので考えることをやめてみようと思いながらも、教頭先生から言われたことは、頭から簡単には離れませんでした。
「そうだなぁ・・自分は生徒を責めてばかりで、自分のことを棚に上げていたなぁ・・」と、自分を責める言葉ばかりが胸にこみ上げて、しまいには、「自分は教師には向いてないのでは・・?」という答えしか思い浮かばなくなってしまいました。
翌日以降は、顔を合わせると質問され追求されるような気がして教頭先生のことを避けるように、職員室にも身をおかないようにしていました。
たまに顔を合わせても、「どうも・・」とか、「お疲れ様です」と短くあいさつするだけで、なるべく教頭先生とは距離をおくようにしていました。
期末の成績評価も終え、明日から生徒は冬休みという日、職場では忘年会をかねた慰労会を行いましたが、横井先生は教頭先生と話したくないという理由のためだけに欠席しました。そんな横井先生の態度を見かねた教頭先生は、自分から横井先生に話しかけてきました。
「横井先生、お話したいのですが、今、よろしいですか?」教頭先生は相変わらず穏やかに接してくれていますが、横井先生は気がすすみません。
「今日は予定があるので、手短にお願いします」と答えるのが精一杯で、声も冷たく顔もこわばっているのが自分でもわかるほどでした。しかし、上司が接触してくるのを拒めば、更に居場所がなくなると思い、しぶしぶ教頭先生と向き合うことにしました。
「横井先生、何か私に話したいことがありませんか?このごろ、先生の様子がおかしいと思って心配になっていました。いかがですか?私に話せますか?」
教頭先生も心なしか、緊張しているようです。
「いえ、あの、この間は一緒に考えようと言ってくださったし、明日までと言ったのに、何も答えが見つからなくて。どんどん教頭先生に距離をおいてしまい、接触しづらくなっていました。すいません」横井先生の体格はがっしりしているほうですが、これ以上ないというほどに身を縮めて申し訳なさそうに話します。
そんな姿を見て教頭先生は、「横井先生、謝られることなど何もないですよ。私のほうこそちょっと空回りしたかと思っていました。横井先生にすぐにお詫びをしようと思ったのですが、ついつい後回しにしていました。申し訳ないことです」と、頭を下げました。
横井先生は、教頭先生から頭を下げられたことに驚くとともに、率直に自分の考えを話しても良い人なんだと、初めて思いました。
「教頭先生、実は、あの質問の答えを探しているうちに、どんどん、自分は教師に向かないという一点にだけ、心が集中していってしまっています。自分が一番、生徒に甘えて自律した考えを持てていなかったかと思うと、生徒に申し訳ないような気がして・・・」一気に話す横井先生の肩から力が抜けていくようでした。
「自分は生徒を責めてばかりで、自分のことを棚に上げていたなぁと思ったんです」
「それってどんなことですか」
「はい、生徒の結果だけを注目して、あんなにやっているのにどうして生徒はついてこないんだろうと、生徒の態度だけを気にしていたような気がします」
「生徒の結果に注目して、生徒のついてこないことを気にされていたのですね」
「そうなんです。私は一生懸命に生徒のことを思ってやっている。それなのにあいつらときたら と思うと生徒に信頼されていないような気がして、もうどうしていいか分からなくなってしまっていました」
「どうしていいかわからなくなってしまったんですね」
「はい、それも原因は、信頼されていない私にある。結局、私は教師には向かないんだって思うと、それ以上、前に進まないんです」。
「横井先生のクラス、生徒は何人でしたっけ」
「二十五人ですが、それが何か、私の悩みと関係あるんですか」
「横井先生、生徒一人ひとりの顔を思い浮かべてください」
「・・・・・・・?」
「一人ひとりに数学をどのように指導してきました?」
「基本をきっちりと教え込んで、それから個々の理解度にあわせてやろうとはしているんですが。どうしても時間との競争になってしまうので、宿題にして生徒自身で答えを導き出すように仕向けています。生徒一人ひとりがそれぞれ違いますから・・・」
「そうですよね。生徒一人ひとりそれぞれ理解度も違えば、考えるスピードも違うわけで、われわれ教師は、出来るだけ一人ひとりの生徒と向き合っていきたいものですね」
その後二人は、日が暮れ、底冷えするのに気づくまで、ゆっくり話し合いました。
横井先生は、自分の心の中にたまっていたものをすっかり出し切ったのか、スッキリした顔で教頭先生に胸のうちを伝えました。
「教頭先生、答えはまだ出ていませんが、前向きに考えて生きたいと思っています。来年、新しい太陽が上るのと同時に、もう一度一からやり直して見ます!ありがとうございました」
教頭先生も、横井先生に「習ったばかりのコーチングのスキルを振り回したために、混乱させて悪かったね。コーチングはコーチの自分自身のために行うのではなく、相談者のために行うんだということを再認識しました。相談者を思いやることの大切さを、横井先生に教えてもらえました。ありがとう」と伝えました。
三学期は、新年九日からスタートします。
前向きに考える気持ちになった横井先生にとって新しい一年が、希望に満ちたものであることは間違いありません。
コーチングは、スキルや知識を大切にしますが、相手の人格尊重、相手を思いやることも重要な要素であることを、改めて感じました。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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