受験プレッシャーに悩む浪人生~セッションを通して考え直す受験の目的~

大学受験を控えている浪人生の兼子君。
今年こそは、国立大学の受験を失敗してはならないと考えています。
そのプレッシャーからか日一日と受験日が近づくにしたがって、気持ちがふさがっていくのを感じていました。
高校の卒業生で社会人となってコーチをしている人がいると聞いて、今の状況を何とかしたくて、わらをもすがる思いでコーチの元を訪れました。

「はじめまして、兼子さん。よろしくお願いします」
と、コーチは、とても優しい笑顔で迎えてくれました。

「早速ですが、大学受験を控え、こんなことをしてる場合じゃないというのに、自分でも分かっているのですがなぜかしら勉強に集中出来ていないんです。どうしたらよいのでしょうか?」と挨拶もそこそこにどんどん喋り始めた兼子さん。

何事もこんな態度で先へ先へと急ぐので予備校の先生からは、
「そういう落ち着きのなさが、今のあなたの成績に反映されちゃうんですよ。もっと、ゆっくり鷹揚に構えないと、いい結果はでませんよ」と、このところずっと注意を受けていたのですが、とにもかくにも、早くこの悩みから開放されたいと思う気持ちが、兼子さんの姿勢に感じられました。

「なるほど。ご事情はよく分かりました。コーチの私の整理のためにも、少し、ゆっくり話を伺いたいのですが、コーチングのために少し時間を使わせてもらってもいいですか?」
と、コーチは落ち着いた口調で話し始めました。
これは、予備校の先生とはずいぶん違うと、兼子さんには、コーチを観察するゆとりが出てきました。
兼子さんには理由が分からないのですが、コーチのオフィスを訪ねてからどんどん、気持ちにゆとりを感じていったようです。
コーチは、兼子さんのゆったり穏やかになった表情を見て、質問を開始しました。

「兼子さん、国立大学を目指す理由をお差し支えなければ伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「家もそんなに裕福でもないんで、国立大学を目指しているんです」

「そうですか。万一この受験に失敗したら、兼子さんにはどんな不都合が起きますか?」
「去年、受験して失敗してますので、今年はどうしても合格したいんです。両親も期待していますので・・・」

「なるほど。ご両親も期待されているわけですね。それでは、兼子さんはこの受験に合格すると、どんなことが学習出来るのですか?」
「農学部に入って、農業問題を研究したいんです」

「農業問題ですか。大事なことですね。それは、今目指している国立大学でないと勉強出来ないことですか?」
「そんなことはないんです。私の勉強したいことは、多くの大学で学べることです」
「いろいろな大学で学べるものなのですね。そのなかで今の志望校を選んだのは、どういう理由からですか」

「国立大学だと私立に比べて学費も安いし、地元の県庁に就職するにもそのほうが有利じゃないかと思うんですよ」
「すごいですね。将来のキャリアについての検討もされているわけですね」

「率直に伺いますが、兼子さんは、この大学に合格したいのですか?それとも、大学で研究をしたいのですか?」
「え?それは両方ですよ」

「そうですか。それでは、この大学の農学部を受けようと思ったのは、どんなところからですか?」
「予備校の模試で、自分の希望する大学の入学可能学部が農学部であったこと、それから、農学部について自分なりに、調べて、これからの日本には農業問題が大事になりそうなので、それを選んでみることにしました」

「それは誰かに相談しました?」
「はい、自分なりに調べて方向性を決めてから、予備校の先生に相談したところ、兼子さんの偏差値で十分合格圏内に入っているので、そこを目指すようにと言われました。また、両親に相談しても、国立大学に入って、あなたのやりたい研究をどんどんやってくれれば、それでいいということで、予備校の先生も両親も賛成してくれたし、自分もそれがいいんじゃないかなあって思うんです・・・・」

次々に、兼子さんに考えさせるような質問が続きました。

(「自分は何のために大学にいこうとしているんだろう」)
(「自分は大学に行って何をしたいのだろう」)
(「大学に行きたいのか、大学に行って勉強したいのか どっちなんだろう」)

「最後に伺いますが、兼子さん、ほんとうにそれ(大学での研究)は兼子さんがやりたいことなのですか?」
最後の質問を受けた兼子さんは、思わず、「う~ん・・・」とうなったまま、黙り込んでしまったそうです。

(「ほんとうに自分のしたいことは何なんだろう?」)
しばらくして、兼子さんは「コーチもやもやは、まだはれてはいませんが、自分が考えなければいけないことは、分かったような気がします。急がば回れで少し考えてみることにします」ときっぱりと言いました。

「そうだね。大学にいって勉強するのは、兼子さん本人なんだから、自分の気持ちをきちんと整理してみることは重要だと思うよ。そこを確認したうえで、自分でやってみようと思って、受験勉強をしていけば、結果は自ずとついてくるもんだよ」
受験勉強は、自分との戦いであるばかりでなく、家族や、学校の先生、予備校の講師など、かかわる人の数だけ悩みが出来るものであるといわれます。それは、ともすると自分だけの受験ではなく、家族のためや学校のためなど、他者の希望を背負ってしまうことから言われることだと思います。

兼子さんは、1年の浪人期間中に、すっかり周りからの期待を背負ってしまい、自分を見失ってしまっていたのです。
それを、コーチは、兼子さんの話すスピードや表情、しぐさなどを合わせることによって、
しっかり聴いてくれることを感じさせながら、心の芯にある兼子さんの自分自身の気持ちと向き合わせてくれたのです。
兼子さんは、この1回のコーチングですっかり自分を取り戻しましたが、自分の気持ちがぶれないように、引き続きコーチングを受けながら受験勉強をしようと決心しました。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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