職員のやる気なさに悩む介護団体の理事長さん~あれもこれもと問題の渦中にある当事者に、問題の数と優先順位を考えさせる~
高齢者を相手に、デイ・サービスと訪問介護所を経営する理事長の辻さん。このごろは、人手不足もあって、ヘルパーのやりくりに大変な毎日です。ついには、自分がサービスのためにお宅を訪問しなければならないという現実がやってきました。ところが、現場に出てみると、「あらまぁ・・」と思うことだらけで、つい先日は、「あんたが毎日来てくれる人だったらいいのに・・・」と、お客様に言われてしまう始末。現実には、職員に払っている給料も少なく、そんな中でみんなのやる気を高めるためにどうしたらいいのかをテーマに上げた辻さんとセッションしました。
「はい、辻さん、こんにちは。ずいぶん、お疲れの様子ですが何かあったんですか?」
「ええ、この間も急に職員が休暇をとってしまって、私しかいなかったので、急遽、訪問介護に私が出向いたんです。出向いた先で、お客様から日ごろのサービスのあり方について、「メシがまずい」などと小言を言われてしまって、翌日、その職員の顔を見るなり、「あんたたち、ふだん、どんなお料理作ってきてるの?」と、怒鳴ってしまったんです。怒鳴らなければよかったと自己嫌悪もあるし、でも、ホントにどんな仕事をしているのか考えたら、怒らずにいられなくてネェ・・」
「朝から怒鳴ってしまったわけですか?」
「はい、出勤しておはようございますも言わなかったような気がします。職員も落ち込んだけど、私はもっと落ち込んだ気がします」
「落ち込むことが分かっていても、我慢が出来なかったのかしら?」
「はい、今思うと、もっと言いようがあったように思いますが・・」
「今、改めて考えてみて、その職員に、何を伝えたかったの?」
「急に休まれると困るということ、お客様が希望する料理が出来ていないこと。この二つは、事実ですから、すぐにでも改善して欲しいです」
「その二点を、冷静に話し合うために、辻さんが心がけることは何でしょうか?」
「まずは、ゆっくり時間を作ること。私も忙しいので、彼女たちが今話せる状態かどうかを確認しなくちゃと思いながらも、『ちょっと待った』が今は出来ていません」
「いつもは、ちょっと待ったをしながらコミュニケーションをとっているのですね?」
「はい、十分に待ってからしているつもりなんですけど・・」
「十分に待ってから話をする理由は?」
「うん、辞められないようにですけど・・」
「人手の変わりはすぐには見つからないものね」
「はい、そうなんです。見つかってもすぐにお客様と仲良くなれるわけではないし、職員同士の和も大切だし」
「そうですね。ご苦労がよく伝わってきます。でも、一方で、指示や命令を出さなければならないわけですね。現実として・・どんな工夫をしましょうか?」
「事務所は、人がいないときはあまりないんです。かといって、一回は、サービスを受けているお年寄りがどこかに必ずいますし・・」
「ないない、これもだめ、あれもだめ、という考えに戻ってしまいますね。場所を変える、時間を変える、この二つのポイント以外に、何か方法はないのかしら?」
「うん・・・まさか、車の中って言うわけにはいかないし。手紙は書いている時間がもったいないから、口で伝えたほうがいいでしょうし・・」
「ところで、どうしても、辻さん自身が言ったほうがいいのかしら?」
「え?・・副理事長でもいいのかなぁ・・」
「辻さんが、その職員だったとして、誰なら言われてもいい?」
「そうですね、やっぱり役職者でなければ、『何であんたに言われなきゃいけないの?』って思いますけど、理事長の私でなくてもいいかしら?」
「なるほど、理事長である辻さんじゃなくてもいい。それなら、誰ならいいのかな?」
「そうですね、訪問介護の職員は、リーダー制にしてあるから、リーダーでもいいかな?」
「そうですか、リーダーでもいい。では、リーダーさんとはいつ、話しますか?」
「リーダーも、現場には行っているわけですから、やはり、戻ってきた後かな?」
「本人にしても、リーダーにしても、戻った後のほうがいいわけですね」
「何を伝えたいんですか?ただ、小言を言われたという事実だけですか?」
「事実は事実として言って、私の気持ち、どうして欲しいとかこれは止めてほしいとか、そんなことかな?」
「それから?」
「うん・・・よくやっているという点も褒めてあげたい」
「褒めることと、小言を言われたという事実と、注意点を挙げるのかな?」
「はい、そうですね」
「それを、リーダーに伝えてもらうって感じかな?」
「そうですね。リーダーにまずは理解してもらって、間違いなく伝えてもらう」
「それが伝わると、職員はどんなふうに変わっていくんでしょうか?」
「うん・・行動がぴりっとしてくれたらいいな」
「なるほど、行動をぴりっとさせて欲しいのね?それから?」
「行動が変われば、お客さんの満足が高まって、職員も充実感が高まるんじゃないかな?」
「職員には、充実感を高めてもらいたいの?」
「給料がたくさん出せないから、どうしてもやる気が出ないんだと思う。だから給料を上げるわけにいかない以上、職員が自分自身でやりがいをもって仕事をしてもらうようにしないと、どんどん辞めていってしまうから・・」
「二つの視点があるようですね。給与の問題と、職員のやる気はリンクした問題だとは思いますが、だからと言って、いい加減な仕事をしているのではないか?と、辻さんが職員に意見をするのは、別の問題だと思うのですが、いかがでしょうか?」
「え?給料が安いから、やる気が出ないんじゃないでしょうか?」
「確かに、リンクした問題だと思います。でも、それとこれとを一緒に考えないほうがいいと思うのは、給料が多いから、少ないからやる気が出ないとか、行動が雑になっているというのは、辻さんの憶測でしかなく、事実かどうかわからないからです。事実を元に、行動を改めてもらいたいのであれば、まずは、仕事を大雑把にしないで欲しいという辻さんの考えを、リーダーに理解してもらい、間違いなく第一線の職員に伝えてもらうことじゃないでしょうか?」
「・・・」
深く考え始めた辻さんを前に、コーチは辛抱強く、このセッションを続けました。
当事者は、問題を抱えると、ついつい、渦中にいるために、問題の本質さえ理解することが出来なくなってしまい、結果、ミスコミュニケーションを起こしてしまいます。
コーチは、冷静に、客観的にクライアントの問題を見つめることが出来るからこそ、的確なアドバイスや、考え方を提示することが出来ます。コーチングは、自分以外の目を持つことが出来ることも、魅力の一つではないか?と、改めて感じるセッションでした。
竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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