定年退職後の再雇用者へのコーチング~コーチングの方向を決めるスタート間際のコーチングの組み立て方~

定年退職後の再雇用を希望し再雇用となって七ヶ月、とうとう、退職を決断した山下さんのコーチングです。
勤続約四〇年の大ベテランの彼女は、この事務所は彼女で回っているという評価に誇りを持って、仕事をしていました。
まもなく定年という歳を迎えた頃、親会社から送り込まれてきた上司は、そもそも女性が男性に伍して実力を発揮して定年まで仕事をするのはいかがなものかと考えている人物で、女性のベテラン社員の存在が目障りなのか、若い女子社員を煽ってみたり、お局は困る・・と、自分が被害者のように振舞うようになり、職場は、早晩、行き詰まりを見せ、仕事に支障をきたすようになりました。
山下さんからコーチングの希望を受けた当初の職場環境は、殺伐としており、本人も、これまでの自分の評価を、どんなふうに受け止めたらいいか、自信喪失な中での出会いでした。

「山下さん、始めまして。今日は、山下さんが、『今』話したいと思うことを話していただきましょう。どんなことでもいいのでお願いします」
「うん・・定年退職後、希望して再雇用してもらいました。でも、その判断が間違っていたかもしれないと、今は後悔しています」

「なるほど・・・」
「仕事は楽しかったし、ほかにするべきことが見当たらないくらい、これまでは仕事中心に生活してきたからです。夫は、三年前に定年退職しました。教員だったので再雇用はありません。今は非常勤で塾講師と、ボランティアで、郷土史の資料まとめを手伝っています」

「ほう・・ご主人は、現役の頃のキャリアを生かして、新たな仕事をして報酬を得る経済活動を維持する反面、ボランティアで生涯の仕事をしているわけですね?」
「はい、趣味人で、現役時代から、さまざまなことに興味をもっていて、生涯学習のセミナーを受講したり、いろいろな活動をしていました」

「なるほど、だから、仕事を終えることも躊躇がなかったんでしょうかなぁ?」
「はい、今にして思えば、そうだった気がします。でも、教員時代は子育ても家のことも全部私任せで、ずいぶん勝手な人だと、恨んでいました」

「なるほどね。ところで、ご主人が今、お好きな自分の人生を歩いていることに、山下さんはどうかかわったんですか?」
「彼が勉強しやすいように、日曜日でも子供たちを連れて出かけるのも私。授業参観や学校行事も全部私がしてきたんです。でも、感謝されることもなく、私の存在って、いつもそんな感じなんです」

「人を支えているのに、それを評価されていない感じがするの?」
「はい、一度も認められたことがない。感謝もない」

「なるほど、さびしい気持ちがしたんですね」
「はい、さびしいと言うか、怒りかもしれません」

「怒りだったんですね?」
「はい、そうです。あの人に負けたくないという気持ちが強くありましたね。人として、家族も大事に出来ないなんて、最低だと思った頃から、子育ても、家庭内のことも、全部自分でやらなくちゃダメなんだと、覚悟したように思います」

「なるほど、それだけ家庭内に気持ちが向いていらしたのに、その気持ちが外に向かわれたのには、何かきっかけがあったんですか?」
「うん・・・子供たちも小学校高学年になって、だんだん、帰る時間が遅くなってきたから、私も子供たちが帰るまでなら、働いて、あの人に負けないようにしようと思ったということもあります。あと、子供の学費がたくさんかかることを予想して・・かなぁ?」

「昔の気持ちを振り返りたいわけじゃないんです。が、働くことの意義を知りたいんです。山下さんにとって、働くということはどんな意味があったんですか?」
「うん・・・私も社会の・・、人の役に立っているということを自分自身で感じたかったんですね」

「お子さんたちの評価ではなくて、社会からの評価を受けたかったということですか?」
「うん、評価?なのかな?実感がほしかったんですね。だから、仕事には全力投球してきました。完璧でなければならないと思っていたし、先輩職員が出来ることなら私も出来るようにならなくちゃと思って、遅くまでかかっても、必ず与えられた仕事は仕上げたし」

「そんな山下さんの姿を、上司はどう見ておられましたか?」
「え?それは、がんばってるって見てくれてたんじゃないですか?」

「今、一緒にいる人たちは?どうとらえているか、話し合ったことはありますか?」
「いえ、私の再雇用契約は、1年ごとに更新するかどうかを考える仕組みなので、来年、契約更新されなくても、若い人たちが困らないようにと思って、急いで教え込んでいるから、ちょっと厳しいかも知れません」

「なるほどね、仕事は完璧でなくてはならない・・・という考え方でしたら、若い人の仕事は、手落ちばかりに感じられますか?」
「正直言ってそんな気がしています。とにかく不安です」

「ところで、そういう山下さんの気持ちを、上司はどう判断していますか?」
「そこなんです・・・若い人のやる気をなくさせているとか、邪魔になっているとか感じないのか?と詰問されて、このごろでは、私ってどんな存在なんだろうって、だんだん、自信も元気もなくなってしまって・・」

「コーチングの目標は、契約満了をもってやめるために、今後どういう仕事をすればよいかにするということでよろしいでしょうか?」
「はい、何とか、最後の半年は逃げ出したくないんです。負けなくないんです。男なんて、ずるいばかりですからねぇ・・。男たちは細かい仕事も出来ないし、やる気もないし」

「承知しました。今日、ここまで話されて、どんなお気持ちですか?」
「すっきりということはないけれども、こんなにしっかりお話聴いてもらってよかったなって思います」

「来週までに、あなたがすべきことがあれば教えていただけますか?」
「はい、まずは、辞める気持ちがあることを忘れないようにするために、デスクに、カウントダウン表をはさむことでしょうかねぇ・・でも、伝えてあげたいことはたくさんあるから、その整理とか」

「どんな方法で整理するかも含めて考えて、対処してみてください。よろしくお願いします」
「ありがとうございました」

彼女の中に男性に対する偏見があることに気づかせたい、あなたが他の職員からどう受け止められているか、冷静に考えさせてあげたい。
人は、自分の姿には、なかなか気づけないものです。鏡を良く見ても、行動や思考までは移りません。
せめて、コーチが、その鏡となってあげることが出来ればと思いました。


竹内 和美

竹内 和美 (たけうち かずみ)
エイジング・アドバイザー®/世渡り指南師®/プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®/認定キャリア・コンサルタント/認定エグゼクティブ・コーチ
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